「ねえねえ、なんの話してたの? お金の話?」
ダメ元で聞くと、アクアがテーブルの角からぎょっとした目を向けてきた。
「それ聞く?」
椎羅と椎矢も同意するように深々と頷いている。けど、ゴッドは気にした様子はなく、テーブルの上を指した。
「世界情勢ってやつだよ」
置いてあったのは新聞だった。冥界のかな? 魔界でも買える公共版ではないみたいだ。
一面記事は直近の天冥大戦における冥界の勝利について。冥界が勝ったことは知っている。魔界の新聞にも天冥大戦の戦績コーナーがあって、これで十数年ぶりの五連勝だと書いてあった。
けれどさすがに冥界の新聞はそれだけで終わらず、天界側の棄権による不戦勝だったことや、近く戦勝記念式典を行う予定であることなども載っていた。
「これとさっきの話がどう関係あるの?」
「ここ」
とん、と爪先が叩いたのは、トップニュースの後半部分。
「大戦賭博……天界エースの棄権により連勝が大穴……低リスクと思われたが一転……えっ、やってたの!? 負けたの!?」
「仕事上の付き合いでな」
「だっ、大丈夫!? こういうのって危ない系のひとが危ない系の店でこっそりやってて、天冥の政府にバレたら店ごと摘発されちゃうようなやつでしょ?」
「まあな。でも俺らが探してるのって精霊狩りだから、危ない系のなかでもマジで危ないやつなわけだし」
「そっか……じゃなくて、これでお金をどうこうしなきゃってことに?」
グロウの事務所の事業規模がお兄ちゃんのお店なんか比にならないものだってことは薄々わかっている。いったいいくら賭けてたんだろう。こういうのって負けたらどうなっちゃうんだろう。
「金のことも、他にもいろいろだな。この式典も噂だと天界の会場が使えないとか」
「それのけて」
グロウがお盆を持って戻ってきた。声がまた硬い。ゴッドは広げた新聞を回収すると、
「じゃあ仕事、いってきまーす」
逃げるようにソファを立って、今しがたあたしたちが入ってきたドアを出ていく。
「いってらっしゃーい」
手を振ると、ゴッドはドアを閉める直前にこちらを見て手を振り返してくれた。
「ん?」
ぱたん、とドアが閉まる。いまなんか、違和感があったような。
ともあれこれで揉めていた当事者の一方がいなくなり、なんとなく場が緩む。待ってましたとばかりに椎羅がくちを開いた。
「柊さんはこれでなにをしてたんですか?」
ちーん、と椎羅が鳴らしたのは卓上ベル。お兄ちゃんもお店のカウンターに置いてるあれが、なぜかユールの前にある。
「グロウに頼まれてタイムキーパーをしていた」
ユールの返事を聞いて、椎矢がソファの元の位置に収まったグロウに皮肉っぽく言う。
「言い争いにタイムキーパーが必要なの?」
「そうならんようにと思うて頼んだがよ。うちもいろいろと改めないかんかなと思いゆうが」
ユールを置いて行ってほしいというのはこのためか。でも、何日も前からユールを予約してたってことは今日のこの議論は予定してたわけで。
「いつも通りな感じするけどなあ」
じーっと見てもグロウは怯まず、
「ユール、もうかまんで。ありがとう」
「あーん柊さん……!」
ユールを二階に戻らせて、椎羅をがっかりさせている。
「でもまさか、グロウたちが大戦賭博にまで手を出してるとは思わなかったよ」
「本業の方は天冥大戦と関係深いきね。それに、賭博は客同士素性については口出し無用が暗黙のマナーやき、後ろ暗い人間の資金調達には持ってこいながよ。例えば精霊狩りとか?」
「なるほどー」
あたしの素直な感心を、グロウは満足そうに受けた。
「さあさあ、こんなややこしい話はしまいにして、写真のこと聞かせてや。ヒュナさん、機嫌よう見せてくれたろ?」
椎羅がぐっと前のめりになって語り始める。椎矢がわざとらしく遠い目をする。アクアは女子トークの勢いに置いていかれたような様子で、それでもこの場を離れる理由が見つからないとでもいうようにきょろきょろしている。
その目と視線がぶつかって、あたしはにっと笑った。
「あとでアクアが赤ちゃん見てみたいって話もしたげるからね」
「見てみたいじゃなくて、見たことないだろ」
「一緒でしょ。ねーねーグロウ、アクアがすごいびっくりすること言ってたんだよ」
「や、やめろって!」
本人不在の写真報告会は結構盛り上がって、椎羅と椎矢はあやうく門限ぎりぎりの特急を逃しかけた。