昼休みになって改めて椎羅に写真のことを話すと、
「そりゃあもう絶対に可愛かったに決まってるじゃない!」
「決まってるなら見なくてもいいでしょ」
「それはそれ、これはこれ。絶対行く! いつ? お姉さんにお土産買っていくから!」
と乗り気も乗り気で、椎矢も迷ってたけど一緒に行くと言ってくれた。
意外だったのはグロウで、しばらく仕事が忙しくて遊んでいる場合ではないという。
「じゃああたしと椎羅と椎矢とー、柊どうするんだろ。ついでに帰るかな」
行くとしたら次の週末だ。ヒュナさんにはあたしから約束を取り付ける。
「いっこ教えちゃお。ヒュナさんに連絡する前に、クルスさんに言うちょったほうがえいで」
「なんで?」
「人付き合いの技術として。それはそうと、柊は置いて行ってよ。代わりに河音連れてってかまんき」
楓生の要求に椎羅が頬をふくらませた。
「いまの柊さんにも会いたいのに」
「学校で見ればいいじゃない。それより早瀬くんにはこの話してるの? それこそなんで?」
椎矢の言うとおり、なんでだろう。アクアはまあ、行くよって言ったらよくわかんなくてもついて来てはくれるだろうけど。
楓生はめずらしく困ったような表情を見せて、
「ごめんよ。これは完全にうちらあの都合」
複数形に反応して、椎矢があたしを振り返る。
「苑美、なにか知ってる?」
「あたし関係あるの?」
「あんたらあが帰ってきてからは関係あるで。まあいってらっしゃい」
楓生、いつにも増して素っ気ないなあ。
と、学校では思っていたけれど、仕事が忙しいのは本当らしい。その日から週末まで、グロウは学校が終わるなり魔界に出勤していって、起きてるうちには帰ってこなかった。
お弁当は夕飯の残りも駆使して用意してくれたけど、その晩ご飯はあたしとアクアで作らなきゃいけない。実は人間界の台所でちゃんとした料理をするのは初めてで、道具の場所から設備の使い方まで、あっちこっちで苦労した。ユールにもやらそうって言ったけど、アクアがなぜかびびって反対するからやめた。でも調味料の場所はユールに聞いたら一発だったんだよね。いつ見てるんだろ。
忙しいのはグロウだけじゃなく、ゴッドも同様にほとんど家にいなかった。夜遅いどころか朝も顔を見ないこともあったし、学校もさぼってたのかもしれない。
週末の連絡はグロウのアドバイス通り、まずはお兄ちゃんに伝えた。翌日ヒュナさんちの通信鏡につなげると、ヒュナさんは、
「クルスに聞いたわ、ぜひいらっしゃい。前に一度来てたお友達と来るんでしょ。楽しみにしてるわ!」
と上機嫌だった。これはグロウのお手柄なのかな?
そんなこんなで当日、日曜の朝に椎羅と椎矢はやってきた。リビングで置物のように読書しているユールに、椎羅が挨拶すると言って五分くらい話しかけて、それを引き剥がすようにして移動鏡をくぐる。
相変わらず雪に閉ざされているヒュナさんちは、暖色系の照明陣と外の薄暗さがあわさると夜が近いみたいな雰囲気でなんだか眠くなる。
そんな中で椎羅は眩しいほど目を輝かせて、ヒュナさんの出してきたアルバムに見入っていた。
「かっ、可愛い~~~~!」
声のトーンが、ショッピングモールのペットショップで犬の赤ちゃんを見てたときとまったく同じだ。
出てきた写真は七歳ぐらいまでのものだった。昔のユールは、髪が長いのはいまと一緒だけど、前髪も後ろ髪もきれいに切りそろえられ、ときにはひとつに結んでいたりして、幼さも相まって女の子みたいだった。ていうか、ちっちゃいヒュナさんって感じ。
カメラを向けられたユールは、目線にかぶるような睫毛のせいもあり、だいたいぼーっとした風に写っている。それでも何枚かは笑顔の写真もあって、いまじゃ考えられないような無邪気な様子に椎羅の表情もボロボロにほころんでいた。
ユール本人にはとげとげしいヒュナさんも、
「この頃とかほんと可愛かったのよねえ」
と懐かしげにアルバムをめくっている。開いたページでは、いまよりちょっと頬の丸いヒュナさんが、眠る弟の顔を覗きこんでいる。写真の隣にはいまのユールとそっくりの筆跡で「ヒュナ七歳、ユール二歳」と書かれていた。
「二歳だったらみんな可愛いんじゃないですか?」
「いまより可愛いわねってことよ」
ヒュナさんの声に棘はない。お兄ちゃんなら、ルビィは小さい頃も可愛かったけどいまも可愛いよって言うだろうけど。
その、誰でも可愛い二歳の写真を、アクアが食い入るように見つめていた。
「アクアどうしたの? もしかして赤ちゃん初めて見た?」
「うん」
冗談のつもりで言ったのに、アクアはこっくりと頷いた。
「二歳のひと自体初めて見たし、なんか、これがあのユールっていうのが全然頭のなかで繋がらない……」
「ふ、ふふっ、二歳のひとってなに」
笑っちゃいけないと思ってもこらえきれない。そっか、フィーの庭にずっといたら、赤ちゃんなんて見ることないもんなあ。そんなところまで世間知らずだとは思いつかなかった。
アクアの育った環境まで知らない椎羅と椎矢はびっくりしている。椎矢はもう一度、
「赤ちゃん見たことないの?」
「うん、初めて見た。これも写真だから、本物は見たことない」
改めて聞いて、開いたくちがふさがらなくなっていた。
「アクア、城下行こう城下。一日歩いたらたぶん赤ちゃん見れるよ」
「別に見たいわけじゃないけど……もしかして、普通はみんな見たことあるの?」
「ある、あるわよ。きょうだいとか親戚とか、友達のきょうだいとか、そうじゃなくてもテレビでとか」
「へえー、そうだったんだ」
「あはっ、あっはははは、だめ、おもしろすぎ」
うんうんと頷く椎羅にアクアが本気で驚いているのがおかしくて、声を上げて笑ってしまった。
「そんなに笑うなよ!」
「無理、だって面白いんだもん。ふっ、ふはっ」
「ルビィ!」
「ちょっと苑美、わ、笑ってていい話なの? なんか深い事情があるんじゃ」
怒ったって無理なものは無理だ。椎矢が頭に疑問符を乗っけたまま肩をつついてきて、どうにか笑いを飲み込み。
「あるといえばあるけど。アクア、街から遠いとこで育ての親とずっと二人暮らしで、いろいろ知らないこといっぱいなんだよね」
「育てのって、じゃあ実の親は……」
椎矢はそう尋ねかけて、アクアの顔を見てやめてしまった。
意外なことに、この話のときのアクアは平気そうにしている。フィーのことを話すのはまだつらそうだけど、アクアはどうやら、親がいないこと自体はなんとも思ってないみたいだった。ま、アクアにとっては親なんて最初からいないものなんだし、そんなにおかしいことじゃないのかもしれないけど。椎羅と椎矢が違和感を抱くのは仕方ない。