椎矢とゴッドにひっついて別荘へ入る。屋内は薄暗く、眩しい。明かりのついていない部屋にやたら賑やかな日差しが入り込んで、そこらじゅうのガラスに反射してぴかぴかしている。
しっちゃかめっちゃかな方向を向いた椅子と、盾の様に寝かされたテーブルを避けて、冷蔵庫へ向かう。ドアを開けると、お茶のペットボトルが新品と半分の飲みかけと一本ずつ、それにオレンジジュースとスポーツドリンクがそれぞれ八割方残っていた。
その奥には今日のお昼と夜のご飯になるはずだった食材が詰められていた。
とりあえず飲み物を全部出して、キッチンに並べる。コップはスーパーの袋の中に紙コップタワーがある。けど、ペットボトル四本をどうやって持っていこう。
右に二本、左に二本、抱えたら紙コップが持てない。袋に入ってるから、その持ち手をくわえれば……。
「なにしてるの?」
まだどこかに緊張感の残る声がして、顔を上げる。二階から降りてきた椎矢があきれ顔で袋を取り上げた。
「それ、ひとつ持ってあげるから。いきましょ」
椎矢も片手は取っ手付きの木箱で埋まっていた。スーパーの袋を手首にかけて、あたしの腕からオレンジジュースを引っ張り抜く。
「ありがと。ゴッドは?」
「……明坂先輩なら、まだ上よ。みんなの荷物下ろしてくれるんですって。あ、女子の荷物はわたしがまとめてきたわ」
「そうなんだ」
洗濯物だって洗って干して畳んでもらってるんだから、荷物くらい勝手に詰めといてもらってかまわないけど、椎矢たちは嫌なんだろう。それより名前、とっさにどう呼べばいいのかちゃんと判断できないな。
椎矢もその点には戸惑っているようだった。苑美、とあたしを呼ぶ声に自信がない。
「なに?」
あたしはなるべくにっこりして振り返った。あたしが困っている友達にしてあげられることはそのくらいしかない。とりあえず笑顔、はお兄ちゃんの教えだ。
「さっきね、わたし……見たの。苑美と、早瀬くんが、その」
「ああ、あれ?」
ぴんときたのはあの竜巻だ。やったあたしでも驚いたんだから、見てた椎矢が驚くのも無理はない。
「魔法だよ。って言ってわかるかなあ? 待ってね、あっちでみんなと説明するから」
サンダルでガラスの破片をかき分けて、窓から外へ出る。椎矢は、
「そっちから?」
と言いつつ同じところを通ってくる。
隣の倉庫では、外の水道からホースを引いて、グロウがユールの傷を洗っていた。軒先には昨日お昼ご飯を食べたときのパラソルとレジャーシートが出ていて、その下で椎羅とアクアがそろって膝を抱えていた。
「楓生、これ使って」
椎矢が救急箱を開けてガーゼを取り出す。楓生はそれを受け取って手当てをしながら、傷の深さにため息をつく。
「ありがと。でも早めにもっとちゃんとした処置せないかんね」
あたしは倉庫の中へ入ってみた。
倉庫にはいろんなものがあった。昨日遊んでたときのボールや、同じように膨らませて使いそうなビニールのなにか、プラスチックのバケツやスコップ、折りたたみのテーブルセット、脚立、ジョウロ、そのほかあたしにはよくわからないものもたくさんある。
「苑美、なにしてるの?」
いつの間にか椎羅とアクアも倉庫へ入ってきていた。
「椎羅、ねえ、これってなに?」
せっかくだから、いちばん手近にあった謎の道具のことを聞いてみる。箱形に脚が四本生えてるけど、机ではなさそうだ。
「バーベキューのグリルよ。そこに炭もあるでしょ。今晩しようと思ってたんだけど、無理そうね」
「バーベキュー……」
そういえば別荘に誘われたときに、椎羅たちがそんなことを言っていた。外でする焼き肉、と聞いている。あたしはしたことがない。アルサとの放浪の旅は移動こそ徒歩が多かったけど、宿と食事には困らなかった。
「はい! いいこと思いついた、バーベキューしようよ!」
「え?」
それは名案だった。けど、アクアはびっくりしたようにあたしの顔をまじまじ見ている。
「だってあたし見たもん、冷蔵庫に野菜とかいろいろ残ってたよ。あれ晩ご飯にするやつだったんでしょ。で、晩ご飯はバーベキューだったんでしょ」
「そうだけど、でも、こんなときにバーベキューなんてしてていいの?」
戸惑う椎羅に、倉庫の外から意外な声がした。
「えいやん、そうしょうや」
「、楓生」
アクアが一瞬ためらって名前を呼ぶ。グロウは平然と倉庫に入ってきて、グリルの端に手を掛けた。
「ちょうどえいろ。バスまで時間あるし、みんなおなかすいちゅうろうし、材料もったいないし、台所は使えんし。ほら河音、そっちかいて」
「書く?」
「持って。表へ運ぶで」
「うん」
近くにいたアクアがグリルの反対側を持ち上げる。運んでるというより、グリルにひっついて連れていかれてるみたいだった。
「苑美は悪いけどもっぺん別荘戻って、冷蔵庫の中身全部出いてきてくれん? 椎羅は敷物とパラソルもっと日陰にかまえちゃって――」
「なにやってんの」
てきぱきと指示しながら後ろ歩きで出て行くグロウの背後から、ゴッドが顔を出した。
「昼ご飯しちゃらんといかんろ」
「それでこれ? 運べばいいのか?」
言いつつゴッドは、すでにふたりの手からグリルを抱え上げている。グロウは精霊服で手を払って、
「熱斗、うちの着替えは?」
「降ろしてきた。お前のだけ玄関、ほかのは柊んとこ」
「ありがと。じゃあ河音、炭お願い」
見るからに手持ちぶさたなアクアに新たな仕事を言いつけて倉庫を出て行く。
椎羅も思い出したように外のパラソルへ向かう。あたしも後れを取らないように駆け出した。空はまだあきれるほどの快晴だ。暑い。