◇
あたしの頭ぐらいすっぽり入るほど大きな光輪が、別荘の手前、コンクリ敷きの小道に着弾する。直撃じゃない、椎羅と椎矢は無事なはずだ。でもそのときにはすでに、次の一撃が放たれていた。
別荘に飛び込んだグロウが半身で振り返る。光輪はほとんど同時にグロウに追いつき、次の瞬間、弾けて消えた。アクアの陣だ。
「ちっきしょー。小細工ばっか使いやがって」
腹立たしげに別荘を睨むクイードに注意を払いつつ、あたしはアクアの肩をつかんだ。
「見たでしょいまの。アクアの陣は使える。アクアだって、前は自分でそう言ってたよね。あたしが使うのがいいんだって」
「でもさっきあの魔法陣が使えたのは、ルビィが魔力を制御できてなかったからだ! 本人がきちんとコントロールしてるのに、他人の魔力を外からどうこうするなんてできない!」
「できるよ!」
「どうやって!?」
アクアは涙目だ。ついさっきまではもうちょっと落ち着いてたのに、もう限界なんだろうか。でもここで戦線離脱させるわけにはいかない。あたしの魔法じゃクイードを捕らえるなんて器用な真似はできない。狙うのは一撃ノックアウト。そのためにはあの陣が必要なんだ。
「……あーもう! こうだよ!」
アクアの頭を掴んで上向かせる。乱暴だけど、あたしだって手が空いてるわけじゃないのだ。教えられるのは一瞬だけ。
ぱっと顔を近づけてくちづける。力移し。アクアの、無防備な、それでもちゃんとはっきりした意識のもと保持されている魔力の一部を奪い取る。魔力量は当然加減ができなくて、離れたときアクアは頭を殴られたみたいな顔をしていた。
「ごめんもらいすぎた。でもわかったでしょ、陣がなくても他人の魔力に干渉できる。アクアならもっとこう、ちゃんと、しっかり、……とにかく魔法陣でできるよね!?」
「えあっ、わ、わかっ、うん、やるから!」
呆然とうなずく表情に決意とか自信とかは見えなくて不安だけど、とにかくその言葉通り動いてもらうしかない。
「頼んだよ!」
言い残してあたしはクイードに声を張り上げる。
「クイード! 相手してほしいんじゃなかったの!? やる気ないならこっちからいくよ!」
「はっ、チビが笑わせんなよ。俺様の気合いに恐れおののきやがれーっ!」
撃ち込まれる光輪を、アクアから離れるように避ける。飛び道具相手にアクアを背に庇うのは難しいし、砂に書く魔法陣を踏み荒らしたらいけないし、クイードの注意を陣からそらしたい。そして陣が完成するまで、あたしの魔力はできるだけ取っておきたい。
からだの前に剣を掲げて最低限の防御とし、マントをわざと蹴立てて狙いをぼかす。光輪は矢継ぎ早に撃ち込まれる。一度に十個、それを二セットしのぐともうマントは穴だらけだ。
そのうちに、どん、と背中がなにかにぶつかった。
「わ」
避けなきゃ、という意識が働いて、踵で急ブレーキをかけ、腰を落として前に重心を持っていき、前転。体のわきに避けた剣を引き寄せつつ姿勢を持ち直して――見えたのは黒いシルエット。羽のようにふわりと広がる真っ黒な髪。その先が一束、光輪に切り飛ばされて砂に散る。
ユールは振り返らなかった。その背中に、あたしは身を翻して背を預ける。見上げると、頭上にはクイード、ピュッセ、そして着飾った人形が等間隔に浮かんでいた。
「囲まれた?」
「いや、心配ない」
ゴッドも駆け寄ってきて、上の三人と反対に外を向いて円形に並ぶ。どういうことか、説明を求める前に声が降ってきた。
「うっふふー! 見て見てきゅーたん、これって袋のネズミってやつじゃない~?」
「ああ、よくやったなぴー助、俺様の狙い通りだぜ!」
「でしょうー! きゅーたんたらさっすが! 頭いい!」
ピュッセたちのはしゃぐ声にまぎれて、ゴッドがあたしの耳元にささやく。
「アクアに書かせてるんだろ」
「なんでわかったの?」
「こっから見えてる。上のやつらは気づいてないみたいだけどな」
ゴッドの視線を追おうとしたら、ばれるだろ、と肘で小突かれた。まだクイードとピュッセの褒め合いは続いている。
「お前の速さじゃあの男相手には分が悪い。ユールと俺にやらせろ。あの人形は一撃は重いけど単発だ。溜めもある。飛び道具メインじゃないからアクアへの流れ弾も気にしなくていい」
「ありがと、それでやってみる。その前に、これどうやって突破する? あたし魔力温存したいんだけど」
作戦が決まっても囲まれてることに変わりはない。クイードの瞬発力はよくわかってるし、ピュッセの人形だってゴッドとユールの二人がかりでもまだ目に見える損傷はない。
でもゴッドは特に困った様子はなく、ユールの肩を叩いて、
「突破もなにも、固まってねーだろあれは。ユール、次あっちの紫だ、いくぞ」
「わかった」
応じる声とほとんど同時にユールが駆け出す。クイードの真下を抜けて、その背中に降りかかる光輪を細い剣のごく狭い刃が受けた。ユールは目線すら寄越さない。
「きゅーたん! 助太刀いたす~! イリアちゃんいっけ~!」
ピュッセが腕を振って人形をユールの方へ向かわせる。あたしはしっかりと剣を抱えて、その軌道へ飛び込んだ。
がん! とひどく重い衝撃があって、砂の地面に背中が叩きつけられる。
「いっ! たい……」
けど、ピュッセの目はユールを離れた。その金の瞳を引きつけ続けるためにあたしも走る。すぐに重そうな、でもやたらスピードのある気配が隣に迫ってくる。
あたしは次の一歩のために出した右足をひねって、ぐっ、と踵を砂に埋める。重い人形は急な方向転換に反応しきれず背中をさらした。そこへ振りかぶった剣を打ち込む。ごん、と鈍い音がして、
「わっ」
上半身がありえない動きでねじまがって、白く硬質な手が伸びる。直接剣を捕らえようとする手から、飛びすさって逃げた。
「わたしのミランダちゃんと遊んでくれるの? でもわたし、早くきゅーたんを助けてあげなくっちゃあいけないの。だからキミのこと、ちゃちゃっとやっつけちゃうわね!」
軽やかで甘い声はなにを言っても笑い声のような響きを持っている。表情もふわふわ笑っているばかりで戦っているという自覚が感じられない。
対称的に人形のほうはユールも顔負けの完全な無表情。爪のない指が音を立てて空を掻く。金髪の豊かなウェーブを振り乱しての肉弾攻撃には恐ろしいまでの迫力があった。そしてその一撃の重いこと。なにでできてるのか、とにかく体が重いし固い。ピュッセの反応と指示を挟んで動くため、先手を取られにくいのだけが救いだ。
おおむね、ゴッドの言ってたとおりだ。
ミラだかイースだか、人形が距離を置いて膝をたわませる。きた、と思ってあたしも待ち受ける。人形にクイードみたいな好戦的な視線はないけど、構えた手の向きは見違えようもない。真っ白な両手の中に光の球がぎゅっと収束した。
左手で握った剣を右手でも裏から支えて、受ける。ずん、と重い衝撃があって、マントが背後に流れ、足下で砂が散る。閉じかけた目を開くと人形が低い姿勢で突進してくるところだった。右斜めへ跳んで避ける。
振り返った先で、人形が不気味な急停止ののちにゆらりと起き上がる。再び無機質な手がぐいと突き出されて、
「ルビィ! できた!」
あっと思ったときにはその手は声の方へ向いていた。
「アクア!」