=風の精霊ウィンディ=

七月 5

 そこへ今度はゴッドの反論が来た。棘のある声は、作戦に不安を感じているというより、単純にイヤそうだ。
「お前な、説得だか説明だかしんねーけど、どうやってお前らの友達の輪に俺たちねじ込むつもりだよ。四人で約束してんだろ? 不自然にもほどがある」
 まあ、言ってることはごもっともだった。あたしとしては、椎羅と椎矢に加えてアクアもゴッドもいるなんてちょっと面白そうと思っちゃうけど、椎羅と椎矢がどう思うかは分からない。椎羅はユールがいたらそれでいいんだろうか。椎矢はゴッドと同じくらい嫌がりそうだけど。
 グロウは薄い笑みを崩さず、ゴッドの目を下から睨むように見上げる。間に挟まれたアクアが、可哀想に肩を小さくしていた。
「説得でも説明でもかまんけど、うまいことやるで? 別に自然な成り行きにまで見せんでえいがやし。あんたらが追い返されん程度のごまかしでえいがよ。そっぱあできんわけがないろ」
 ずば、と切り裂く音までしそうな言い方。なんか、グロウって基本的に言葉がきついけど、ゴッド相手だともっと容赦ない気がする。あたしたち、あれで手加減されてるのかなあ。
 対するゴッドは鋭い切れ味にも慣れたもので、腕組みの姿勢から強い語気で言い返す。
「本当にそれでいいのか? ルビィやアクアも、まだしばらくあの二人と接してかなきゃなんないんだろ。それに――」
「しわい」
 それを、グロウは冷たく叩き落とした。
「あんたがよう知らん女の子と出かけるがが嫌やというがは分かっちょらあね。やきそんなようだい言いな」
 半端に名前を引っ張り出されたアクアが、その隣で肩を震わせていた。あたしも、ひえー、という気持ちで二人の舌戦を見守るしかない。なにがどうしてここでヒートアップするのか、こっちにはさっぱりなのだ。女王様とユールが平然としているのが不思議なくらい。
 言いかけていたことを全否定されたゴッドは、一息の間だけ黙って、いくらか落ち着いたトーンで別の問いを投げる。
「……もしその場で何か起こったら? 責任取れるのか?」
 はっとした。あまりにシンプルなことなのに、なんで女王様はこれを聞かなかったんだろう。グロウは当然思いついていたようで、答えはきっぱりとしたものだった。
「取れんよ。やき、そうならんよう事前にできることをやる。それで足らんやったら、何か起きたその場で、悪い結果にならんよう努める」
 そして、そこからは水の流れるように、
「というか、もし人間界の家におって誰かに襲われたらあの一帯どうなるやら分からんで? 住宅地で人もよけおるし、日頃生活しゆう空間で遠慮しながら戦いよったら余計に被害が出るやらしれん。今回は相手のところへ行くことも、場所構えて迎え討つこともできん。それやったら椎羅と椎矢の別荘で、田舎で周りに気を使わん、庇わないかんとしても二人だけのほうが、よっぽど好都合やないが? どっちみち、戦力は分散させんと五人とも同じ場所におったほうがえいし。他に五人揃うておれるくらあないやか。その三日の間に次の場所の目星つけれて時間稼ぎにもなるろ」
 なんだか、グロウがこれを言うためにゴッドにあんな順で問わせたんじゃないか、と思ってしまうほど高らかだった。ほとんど勝利宣言に近い。グロウはゴッドではなく、女王様に向けて聞き直す。
「この策でえいでしょうか?」
 答えは火を見るより明らか、というやつだった。

 その夜は慌ただしかった。人間界に帰り、バタバタと夕食を済ませたあと、グロウは電話を握って部屋へ引っ込んだ。たぶん、江藤家との話だろう。残されたあたしたちは、それぞれ遊びに行く体での荷物をまとめ、アクアはもしもに備えて魔法陣のストックと筆記具を詰める。
「これ、リュックに入らないから入れて」
 と、ノートぐらいの白紙をまとめたファイルを任された。部屋の戸口でそれを受け取りつつ、あたしは声を潜める。
「ねえ。グロウもゴッドも、ほんとにこれでいいのかな?」
 お城で結論が固まった瞬間から、ゴッドは一切の反論をやめていた。あとはいつものように、グロウがてきぱきと指示を飛ばしてあたしたちが従うだけ。別に、二人の間にぎすぎすした空気があるわけじゃないけど、あたしだったらあの終わり方は不完全燃焼でやな感じだろうと思う。
 アクアは廊下の奥をちらりと見た。
「まあけんかしたわけじゃないし。ゴッドも、この方が安全だと思って納得したんじゃないかな」
「ふうん。アクアは? 一緒に行くのどう?」
 味気ない返事が物足りなくて聞いてみると、きょとんとした様子で聞き返された。
「どうって?」
「椎羅たちと一緒に遊びに行くこと。アクアはあの双子とすごく仲良いってほどじゃないでしょ。あんまし気になんない?」
「それは……どうしたらいいか分かんないとこはある、けど。でも、それよりこんな時に置いて行かれるのは怖いっていうか」
 歯切れ悪く、それでも素直に答えてくれる。まあ、そうだよね。一緒に戦ったのは一度だけだけど、一緒の方がなんとなく心強い。
「そっか。あたしも頼りにしてるよー、アクアの魔法陣」
 バラバラでいるのは不安とまでは思えなかったけど、とりあえずそれくらいは同意しておいた。アクアはあたしの手にある真っ白の紙をじっと見つめて、ゆっくり小さく頷く。
「がんばるから」
「うん。これ預かっとくね」
 そう言って引っ込もうとしたとき、奥の扉が開いてゴッドが顔を出した。さっきまで話題にしていたのを気にしてか、アクアがびくっとして身を引く。
 ゴッドはそれにはなにも言わず、自室のドアに手をかけたまま階下を指さした。
「荷物だいたいできたか? 買い物行くぞ」
「どこに?」
 もう夜だ。いつものスーパーはそろそろ閉店だし、商店街のほうはもっと早い。
「ショッピングモール。駅の向こうにあるだろ。早くしないとバスがなくなる。ユールにも声かけて先に下りといてくれ。グロウの用が済み次第行く」
 ばたん、とそのままドアが閉まり、あたしとアクアは顔を見合わせる。
「なに買うんだろうね」
「さあ。みんなで行くんだよな? 重いものとか、運ぶのがたいへんなもの?」
「うーん、遊びに行くのに必要なもの、だよねえ」
 二人で想像しても、なにも思いつかなかった。とにかく、計画の一端なのは間違いない。おとなしく出かける支度をする。といってもアクアの紙を部屋へ置いて、ユールを呼ぶだけなんだけど。
「ユールー、全員で買い物行くって。出てきて」
「分かった」
 呼びかけ一つで、なにを尋ねることもなく、ユールは部屋から出てきた。手ぶらの三人で玄関へ下りる。やがて財布を持ったグロウとゴッドも、リビングの明かりを消して出てきた。
「ねえグロウ、買い物ってなに買うの?」
「それは行ってのお楽しみ」
 聞いてみてもこの通りでなにも分からないまま、思えばこれが、初めての五人で夜のお出かけだった。

2015/10/17 (修正 2023/3/25)