正面の楓生に向けて、椎羅はぐいっと身を乗り出す。椎矢が隣から、
「やめなさいよ」
と裾を引くけど、気にする様子はない。
「ほんとに? ほんとのほんと?」
「うちが嘘言うと思う?」
「思わない!」
お箸を握りしめての即答に、あたしは驚き、そしてあきれた。あたしも頭は良くないし簡単に丸め込まれるほうだと自覚してるけど、楓生とするやりとりじゃないだろう、これは。椎矢を見ると、同じ感想なのか、アイコンタクトののちため息をつかれた。
そんな椎矢も引き込んで、楓生の作戦は進む。
「前に椎矢に聞かれたろ、熱斗が冬山柊と一緒におって、知り合いやないが? って。学年も違うきまさかとは思うたけど、聞いてみたがよ」
「友達だったの?」
こっくり。楓生がうなずくと、さすがに椎矢も興味を引かれたのか、持ち上げかけたお箸を置いて聞く姿勢に入ってしまう。あたしは、作戦の行方は気になりつつも、中身はそれほど興味のあることじゃない。会話には入らず、お弁当をつつく。
「なんで? 学年違うじゃない。なんの知り合い?」
「さあ。いまひとつはっきり言わんかったけんど、まあまあ仲えいみたいなで。冬山柊はクラスに友達らしい友達おらんで、こないだみたいに一緒に帰ったりしゆうがやって」
「ふうん? なんか、よく分かんないわね。そもそも楓生と、えーと、明坂さん? ってどういう関係なのよ。そこんとこずっと――」
「いいじゃないの、そんなことは」
再燃する椎矢の追求を、柊さん一直線の椎羅が遮った。
「それで楓生、柊さんに会えるって、いつ? どこで? どうやって!?」
「そもそも、それって確実なの?」
椎羅が期待たっぷりに問い、椎矢は冷静に訝しむ。そうだ、楓生は会えるかも、としか言ってない。
「まだそこまでは。熱斗に頼んでもかまん? って聞いたらそれはオッケーやった。冬山柊が了承するかまでは分からん」
了承もなにも、そこは作戦の起点だ。だけど椎羅は、そうよね、なんて真剣な顔をしちゃっている。椎矢もあきれつつ、ちょっと興味深そうにもし始めていた。
邪魔しないように黙ってることには、少しもぞもぞするような落ち着かなさがある。知ってるのに言えないこと、役に立たないこと、するべきことがないこと。ささみフライをご飯の上に転がしながら、この妙な気持ちの理由を探しても、しっくりくる答えは見つからない。
いつの間にか、放課後会える日を柊に尋ねる段取りに決まっていた。あたしが黙ってても不自然じゃないくらい短い時間だったらしい。そのあとはいつものように、なんてことない雑談が始まった。
その日あたしは掃除当番だった。しかも最後のゴミ捨てじゃんけんに負けた。
空になったゴミ箱をがこがこ揺らしながら教室に帰ると、河音がひとりで残っていた。帰り支度を万端整えて、図書室の本を読んでいる。
「なにしてんの?」
「定待ち。職員室に用事あるって」
「……ふーん」
単なる相槌のつもりが、思いの外不機嫌な声になって驚いた。
今日は先週から計画されていた、椎羅と柊の初顔合わせだ。椎羅は朝から舞い上がっているし、楓生は企みが進行していくだけで楽しそうだったし、椎矢もなんだかそわそわしていた。あたしはどんなテンションで臨めばいいか決めかねていたけど、面白そうだし様子は見に行くつもりだった。
なのに、掃除当番と分かるや三人は「いってきます!」「お先にー」「がんばってね」と適当なことを言って、待ち合わせ場所へと向かってしまった。別に、河音が待っててくれたと期待したわけじゃない、はずだけど。なんだかすっきりしない。
待ち合わせ場所は聞いてるし、あとからでも行くつもりだった。いまは少し迷ってしまう。河音の隣へカバンを取りに行く気も起きない。ただゴミ箱の前に立ち尽くしていると、開けっ放しのドアから声がかかった。
「掃除終わったか?」
振り向けば、熱斗が教室を覗き込んでいた。本日の仲介人がどうしてまだ校内にいるんだろう。まさか椎羅と椎矢が一緒なのが嫌になって、抜けてきたとか。
そんな心配をよそに、熱斗は階段の方向を親指で差して、
「なにぼーっとしてんだよ。行くぞ」
「え?」
「楓生と柊んとこ」
「待って、行く行く」
その仕草に急かされて、カバンを取りに机へと走る。河音が勢いにつられたように顔を上げたので、いってきます! と言っておいた。
「いってらっしゃい……?」
スクールバッグを抱えてドアに戻り、歩き出す熱斗の隣に並ぶ。歩幅が違うから、あたしはちょっと急ぎ足だ。
「楓生たちと一緒じゃなかったの?」
スクールバッグを肩にかけつつ聞くと、熱斗はわけもなく答えた。
「双子の手前、案内はしてきた。けどお前置いてきたって言うから戻ってきたんだよ」
さらりといちばん期待していたことを言われた。熱斗はそこで初めて軽く笑う。
「嬉しかったろ?」
「うん! すごい、なんで分かったの!?」
「そりゃあ苑美のことだかんなー」
返事はいつもの答えになってないものだったけど、今日はそれでもかまわない。あたしも口で言わずに腕に抱きつく。
「いや、俺、下駄箱あっちだから」
「そうだった」
腕をほどきかけて、そこでふと聞いておきたいことが浮上した。離してほしそうな熱斗を、立ち止まって見上げる。
「河音のことも、そうやって励ましてくれたの?」
熱斗はあたしの腕をするりと抜けながら、
「さあどうでしょう?」
目を合わさずにそうはぐらかした。そのまま2年の靴箱へ向かってしまう。でも、アクアがまた陣を書くようになったのは、きっとゴッドのおかげだ。どうしてそれを言ってくれないのかは分からないけど。
「ていうか、すぐ会うのに」
行き先一緒じゃん、と思いつつ、あたしも自分の靴箱を目指した。