◇
「これは……」
「ひどいよね」
「ひどいわ」
「でしょー?」
「でしょやないわえ、あんたの成績で」
ぱこん。丸めた国語のテストで頭をはたかれた。大げさに頭を押さえてみせると、グロウはますますあきれた顔になる。
「なんぼいうたち、10点はひどうない?」
筒状の紙を開いて、出てきた数字はやっぱり10点。何度見たって変わらない。あたしの国語の成績だ。
「これで50点満点やったらまだ……それでも2割か……」
そう言うグロウは78点だった。その解答用紙はあたしの前にある。ダイニングテーブルには他にも、二人分の地理と生物が広げられていた。
どれもテスト期間最初の日に受けた科目だ。そしてその全部で、グロウがあたしの倍以上の点を取っている。
「グロウって頭いいんだねえ」
「あんたができんすぎながやと思うけど」
地理は62点と16点、生物は75点と12点。うーん、3倍以上だ。グロウがメモしてある平均点は、グロウの点とそれほど変わらない。やっぱりあたしの点が悪い? いやいや、二人を比べただけじゃ話にならない。
「……そうだ、ユールは? テストどうだった?」
リビングを振り返って、ソファでなにかの本を読んでいる後ろ姿に声をかける。ユールは名前を呼ばれたところで振り向き、
「…………」
無言。うなずきもしない、首を振っての否定もない。それどころか眉一つ動かず、首を傾げもせず、じっとこちらを見るだけ。
「えーと」
「ユールもテスト返却されたがやない? あったら見せて」
あたしが別の聞き方をひねりだそうとしている間に、グロウが助け船をくれた。ユールは丁寧な問いかけにはすぐ反応する。
「分かった」
そう答えるなり、本を閉じてソファに置き、廊下へと出ていく。その歩く姿勢ばかりまっすぐにきれいで無性に腹が立つ。
「なんであたしには返事しないのさ」
「はっきり答えれる質問やないといかんいうて、クルスさんに聞いたろう」
「どうだった? ってちゃんと質問じゃん」
「ユールはどんなとかなんでとか苦手やん。そろそろ分からんかね」
もう何度も聞いた。分かってないわけじゃない、けど普通に会話しようってときに、そんなことまで細かく考えてられない。
「あたしユールと話すのやだ」
「あんたなんのためにこの家来たがで」
「うう」
そう言われてしまうと苦しい。あたしだって、お兄ちゃんが助けたい人のことは助けたい。ユールはなんか苦手だけど、ヒュナさんは可愛がってくれて好きだし。それに、嫌い同士じゃないのにきょうだい仲良く暮らせないのは、やっぱり悲しい。
言い返せなくてテーブルの下で足をばたつかせる。それを「やめ」と叱って、グロウはさらに言った。
「ルビィ、アクアのことも前みたいに構わんし」
……こっちが本当に言いたいことだったみたいだ。グロウはまっすぐあたしの目を見てそらさない。白々とした蛍光灯の下で、金色の瞳はさらに色濃く見える。
「だって、こないだそれで泣かせちゃったし。あんな反応されたら、あたしどうしていいか分かんないよ」
別に泣くのがめんどくさいなんてことは思わない。泣いて気分が落ち着くなら好きなだけ泣けばいい。だけどそんな感じじゃないのだ。アクアはもっと、どうしようもない感じがする。
「それに、アクアへんだよ。魔法陣もあんまり書いてないみたいだし、夜寝れないとか。あたし部屋隣だから知ってるよ。なのにあたしにはなにも言わないし」
「どうしたらえいかは、本人も分かっちゃあせんがやろうね」
息をつくようにグロウが言った。そして勝手に、聞いたことがあるような結論に運んでいく。
「結局うちらあにはどうしょうもないがかもしれんねえ。けんど、まあこれまでどおりにおっちゃった方がえいろう」
「ゴッドに任せるって? それ朝言ってたのと一緒じゃん」
「他にないやか。それよりうちらあはユールのこと考えろうや。椎羅のことでちょっと――」
新しい話が始まろうとしたところで、玄関のドアが開く音がした。ほとんど同時にユールも二階から戻ってきて、一気に人の気配が増える。ユールが席に着くのと、ゴッドがリビングに入ってくるのがほとんど同時だった。その後ろにはアクアもひっついている。
「ただいま」
「ただいまー。なにやってんだ?」
ユールがテーブルにテストを置くのを見て、ゴッドが荷物を持ったまま椅子を引いた。
「おかえりー。一緒に帰ってきたの?」
「うん。定と途中まで一緒で、そのあと」
「そうなんだ。ね、アクアもテスト返ってきた?」
とりあえずかばんだけソファへ置きにいこうとするのを引き留めて、アクアも座らせる。
「なんだこれ」
テーブルの上を見たゴッドは、一言そう言って、あたしの顔を見る。
「まさかここまでとは」
「これ全部ルビィの? ……あー」
アクアはあたしではなくグロウの方へ顔を向けた。
「グロウ、生物すごいね」
「そう? アクアはどうやったよ」
「待って、出すから」
スクールバッグをごそごそとかき回すアクアは、それほどしょげかえっている様子はない。五人そろっているときは割合元気なのだ。人が減ると、なんだか不安そうになる。
「ユールが持ってんのは? それも返ってきた試験?」
「ああ」
「見せて」
ここに集まっている趣旨を察したらしく、ゴッドがユールにもテストを広げさせる。
「おお」
テーブルの真ん中まで用紙を引っ張ってきて、ゴッドは感嘆の声を上げた。
「やるな。英語も歴史も80超えてんじゃねーか」
「うそ、どうやって!?」
身を乗り出して、科目名の横にかかれた数字を確かめる。82点、81点。何度見ても同じだ。
かばんを探りながらのアクアも、それを待っていたグロウも、その点を見て目を丸くしている。
「ユール勉強得意なんだ……ん? あれ?」
二枚の紙の下に、もう一枚。角を引っ張って現れたのは国語のテストだった。
「41点」
紙の正面にいたゴッドが読み上げる。そして、
「どうした? 国語って前年までの内容とか関係ないはず……」
上に乗っていた他のテストをめくって、解答欄があらわになった。