=風の精霊ウィンディ=

五月 5

 天気は良かった。天気だけは。
「さいっあく……」
 机に突っ伏し、あたしはいまの心境を一言にして吐き出す。
「えー? むしろ最高よ、今日で最終日じゃないの」
「ていうか、学校来るまでテストのこと忘れてたってひどいわよね」
 ほとんど同じ声が口々に言うのを耳にして顔を上げると、後ろに向けた机に、二人の女子が着席するところだった。
「椎羅と椎矢はできたの?」
「国語とか小学校とそんなに変わりなかったでしょ」
「一回目の定期テストだし、そんなに難しくはなかったわね」
 姉のほう、椎羅がさも当然のように言い、妹の椎矢もうなずいて同意する。
 江藤椎羅と江藤椎矢は、双子の姉妹だ。顔はそっくり同じと言ってもいいくらいだけど、椎羅は髪を背中まで伸ばしていて、椎矢は肩の上で切りそろえている。あと、椎羅の方がテンションが上がりやすくて、椎矢の方が勉強ができる。
 中学最初の定期テスト最終日。最後の科目を終えて昼休みを迎えた教室は普段より賑やかだ。このあとの授業は総合とかいう勉強らしくないものなので、みんな一気に気持ちが緩んでいる。朝から緩んでいたのはあたしだけみたいだった。
「思うた通りやね」
 後ろからそんな声がして、グロウが隣の椅子を引く。
「楓生」
 さすがにもう呼び間違えることはしない。グロウの方も、
「苑美、どうやった? 聞くまでもないけど」
 と人間界での呼び名でからかってきた。
「見たら分かるでしょ。ぼろぼろ。楓生は?」
 四人そろったのでお弁当を取り出しつつ尋ねる。椎羅たちも自分の席から持ってきたお弁当の包みを解く。
「実はうちもめっそようないがよね。地理と歴史がいかん」
「えー、意外。楓生、理系なの?」
 小さくいただきますの手をして椎羅が聞いた。
「かもしれん。椎羅は?」
「文系。国語は好きだけど算数苦手~」
「わたしは絶対理系ね。文法無理! 数学は面白いんだけど」
 興味深そうに話を聞いて、楓生は分かりきったことをあたしにも問う。
「苑美はどっち?」
「どっちもダメ」
 知ってるくせに! と思いながらくちに放り込んだ卵焼きがかなりおいしくて、文句が言えなくなる。椎羅と椎矢はあたしがほっぺたを丸くしていることも含めて、面白がって笑っている。まあ、楽しいならいっか。
 魔界に戻るまでの間は早く帰らなきゃという気持ちでいっぱいだったけど、それがなくなると学校の楽しさが感じられるようになった。思えばあたしには、同じ年頃の友達というのが一人もいなかった。アサナギとユウナギはちょっと特殊だし、精霊は友達とは違う気がするから、椎羅と椎矢があたしの初めての友達ということになる。
 小学校を経ていないあたしには中学の勉強は難しすぎるけど、学校自体はけっこう、いい。秘塔の平均と同じ6年間というのも、急がず焦らず慣れていけると思うといいものだった。長すぎるとは思わない。神魔が7年もあったせいだろうか。アクアには、6年で足りるだろうか。
 授業中はあたしの隣にいる河音は、いまは教室の前のほう、椎羅の席に座っている。椅子を後ろに向けて、一つの机で友達と向かい合っていた。
「どうしたの? 苑美」
 正面の椎矢があたしがぼけっとしていることに気づいた。「べつにー」とごまかすが、椎羅までこのやりとりを聞きつけて、あたしが見ていた方向を振り返る。
「なになに、早瀬くん? 苑美、もしかして早瀬くん好きなの?」
 椎羅はなぜか急に嬉しそうになった。
「好き?」
 好きなもの全部守る、アクアのこともあたしが守る。そう言ったことははっきりと覚えている。そうだよ、と答える寸前に、楓生があきれ声で言った。
「椎羅、意味通じちゃあせんで」
「へっ?」
 意味? なんのこと?
「まあ苑美だもの。椎羅とは思考回路が違うのよ」
 椎矢までそんなことを言う。あたしはおいてけぼりだ。椎羅はそれで通じたらしく、がっかりした様子だったが、すぐに元気を取り戻した。
「そういえば! 今日って五時間目で終わりよね! 柊さんも帰り早いのよねっ」
 ……なにかと思えば。
 きらきらと目を輝かせる椎羅に、楓生が冷静に告げる。
「帰り早いがはそうやけど、四時間で。そのあとは委員会。五時間目まであるがは中一だけ」
 そんなあ、と落胆の声を上げる椎羅に対し、椎矢は、
「楓生、よく知ってるわね」
「上に知り合いおるきね」
「あのイケメン?」
「熱斗ね。明坂熱斗」
 楓生の受け答えはさすが、そつがない。嘘を増やすとあたしが覚えきれないということで、熱斗は楓生の直接の知り合い、ということになっていた。事実そのままだけど、詳細はあたしも知らないということにしている。
 というか、昼までなら二人ともお弁当いらなかったんじゃん。どうして五人分作ったんだろう。そう思ったけどこの場で聞くことはできない。
「いいなあ、楓生は先輩の知り合いがいてー」
 そう羨ましがる椎羅は、どうしてだか分からないけれど、冬山柊という無愛想で暗そうでちっこい先輩を大好きだという。ようするにユールに恋しているのだ。どう転べばそうなるのかあたしには想像もつかないが、あたしが椎羅と知り合ったときからだから、筋金入りだ。
「なにか情報ないの? その明坂さんは部活とかしてない? 中三に先輩いない~?」
 身を乗り出して迫る椎羅に、楓生は、
「そうやね……いっぺん聞いてみちょくわ」
 突っぱねるかと思ったのに、そんな返事。ありがたがってはしゃぐ椎羅に、椎矢がぴしりと、
「今日はわたしたち部活でしょ。冬山柊と帰りが一緒になることはないじゃない」
「あーん、そうだった。練習久々だしきつそー」
 椎羅と椎矢は二人とも弓道部に入っている。そんなに忙しい部ではないみたいだけど、放課後はよく練習がある。ということは、今日は一緒には帰れないのか。
 誰と一緒に帰ろうかなあ、と考えつつ、あたしは水筒のふたを開けた。

2014/12/11