「雪の精霊はどうやって探すの?」
「いいよ。俺がやる」
「あたしも手伝いたい!」
「大丈夫だって。中学校の規模なんてたかが知れてるだろ。あんまりみんなでうろちょろすんのもよくないし」
「でも……」
「気持ちだけもらっとくよ。な?」
「……わかった」
昨日はそう言ったものの、あたしは雪の精霊探しを諦めきれずにいた。だって、精霊を探すように女王様に頼まれたのはあたしだ。精霊としてのあたしの初仕事なのに、全部人任せになんてしたくない。
そういうわけで、あたしは「やっぱりあたしも手伝う!」と言い出すタイミングを探していた。
朝起きて、
「ねえあたし――」
「さっさと準備しろよ。目覚まし鳴って三十分経ってるぞ」
食卓について、
「雪の――」
「洗濯終わらしちょきたいき、早う着替え」
洗面所で、
「せいれ――」
「しゃべってたら歯磨きできないだろ」
玄関を出て、
「グロウ、――」
「外では呼びなちや!」
「むうう……!」
だけどまったくそのきっかけが見つけられず、気づけば学校まであと数十メートル。徒歩二十分前後の距離を、前を行く楓生と熱斗はずっとなにやら話し合っていた。言葉は短く削ぎ落とされていて、なんの話なのかさえあたしには聞き取れない。当然くちを挟む余地もない。
行き場のないやる気を足にやってずんずん歩くあたしの、半歩後ろでアクアは黙っていた。暗い顔というほどではないけど、考え込むみたいに視線は歩道をなぞっている。こちらもなにを考えているかはわからなかったけど、あたしと同じことを考えてる訳がないのは確実だったから、声はかけないでいた。
もう無理かなあ、と思い始めたそのとき、ぽつぽつと続いていた会話がふと途切れた。
いまだ!
「ねえ、」
「おはよーっ!」
後ろからの明るい声に、いきなり出鼻をくじかれた。ちょうど話に区切りのついた楓生が、振り返って熱斗から一歩距離を置く。
「椎羅、椎矢。おはよう」
あたしからすればそっくり同じ顔の二人が、ぱたぱた駆け寄ってきて楓生に並んだ。
「おはよ、楓生。苑美も」
「早瀬くんも一緒なのね。また町内会?」
椎矢がすこし前にいた楓生の横に並び、椎羅が河音を追い抜きざま言う。そういえばそんな嘘をついたんだっけ。すっかり忘れてた。
あたしはそう思っただけだったけど、河音があからさまにぎくっとした顔になる。幸い椎羅も椎矢もそれには気がつかなかったようだ。
椎矢が肩までの髪を耳の後ろに寄せて、ちょっと声を潜める。
「楓生、あのひと誰?」
あたしと楓生は小さく振り返って、あの人と指された熱斗を見た。いつの間にやら、先頭にいたはずの熱斗は最後尾に回っている。全然気づかなかった。
椎羅はもっと遠慮なく体ごと後ろ向きになって、
「うちの学校にあんなかっこいい人いた? 背高いわよねー。高校生?」
となぜか嬉しそうだ。けっこう賑やかな声だったけど、熱斗に聞こえた様子はない。楓生がそれに、
「一つ上」
と答え、椎羅は「うっそ、見えなーい!」とさらに嬉しそうに、もう一度熱斗を振り返る。
椎矢は楓生、あたし、河音と視線を巡らせて、楓生に尋ねる。
「どういう関係?」
「どういう、ち……そうやねえ」
めずらしく楓生は苦笑いで言葉を濁した。うまい嘘でも考えているのかもしれない。
だけど今回は、椎羅が口を挟むほうが早かった。
「でも冬山さんの方がかっこいいわよね!」
「とうやま?」
知らない名前だ。椎矢はその人を知っているらしく、椎羅の興奮気味な言葉を「それはないわ」と切り捨てる。
「椎矢ひっどーい! 冬山さんのことちゃんと知らないくせに」
「椎羅だってしゃべったこともないじゃないの。弓道部の先輩にも変わった趣味って言われてたし」
「これから仲良くなるんだからいいの!」
「冬山ち誰で」
楓生が校門を越えながら聞いて、椎羅はぽっと頬を染めて答えた。
「中三に素敵なひとがいるの。冬山柊さんっていって、物静かそうで頭良さそうで――あっほら! あのひと!」
椎羅が指さす先、中学の昇降口前にいた男子に四人が注目する。
やけにほっそりした立ち姿だった。真っ黒で真っ直ぐな髪が、学ランの背中まで下りている。長さはそろっていないけど、いちばん長いところで椎羅と同じぐらいはありそうだ。周りの同学年らしい人たちと比べるとかなり小柄に見える。顔はここからだとうかがえない。校舎に入る一瞬、白い横顔が見えただけだ。
「はあ~素敵! どうよ、苑美」
椎羅に期待たっぷりの目を向けられ、あたしは素直な感想をくちにする。
「わかんない」
「でしょ」
「ちょっとー!」
椎矢と椎羅がほぼ同時に言った。双子でも意見は真逆らしい。
「そもそも椎羅はあの人のどこがいいのよ? 顔? 顔なの? 顔もいまいち見えないけど」
「そ、それは! 顔もきれいだけど雰囲気というか居住まいというか!」
「なんとなくなのね」
「インスピレーションと言って!」
「意味おかしいわよ!」
いんすぴれーしょんがなにかはわからないけど、双子のやり取りは仲が良さそうでちょっぴり羨ましかった。あたしも早くお兄ちゃんに会いたいなあ、なんて。それには一刻も早く雪の精霊を見つけて、魔界に帰るしかない。ゴッドはああ言ったけど、人手は多いほうが良いに決まってる。
やっぱりあたしも、雪の精霊を探したい!
「熱斗、あたしも――あれ?」
やる気いっぱいに振り向いた先には、河音しかいなかった。
「熱斗なら先に校舎入ってったよ」
「えっ、うそ!? いつの間に!」
「ついさっき。確かめたいことがある、とかって」
河音はそう教えてくれたけど、もっと早くに言ってほしかった。それか熱斗引き留めておいてよ。あたしは楓生たちの楽しそうな会話の後ろで、がっくり肩を落としたのだった。