「そういえば、ふたりは人間界に飛ばされる前はどうしてたの?」
アクアが、どちらかといえばグロウに向けて尋ねる。一緒にいたということ以外、あたしたちはまだなにも聞いていない。
ゴッドは伺いを立てるようにグロウを振り返り、
「グロウのお父さんがやってた仕事があって、グロウが継いで俺はその手伝いしてた」
と答える。なんの仕事? と聞く前に、腕組みのグロウが、
「それに加えて、うちらあは精霊狩りを探しよった。その過程で、ほかの精霊についても情報を集めよったがよ」
それは、一発でグロウの仕事の内容なんて気にならなくなるほどの情報だった。しかもグロウは、ゴッドに素早く命令のような問いを投げる。
「あんた、人間界に飛ばされる直前、雪の精霊のこと調べに行っちょったでね。なにが分かった?」
グロウは、なにか、じゃなく、なにが分かった? と聞いた。否応なく期待が高まる。みんなの視線を一身に集めて、ゴッドがその問いに答える。
「どうやって、誰が、雪の精霊になったのか。だいたいのあらすじは聞いてきたぜ。なにから話せばいい?」
それってもう、全部ってことじゃん。でも、そう言われるとなにから聞けばいいのかわからない。アクアと顔を見合わせていると、グロウが、
「そもそもの話から。まだちゃんと話してのうて知らんかもしれんけど、アクアは世間に触れんずつ育っちゅう。それでも通じるように話して」
と要望した。
「まじで?」
ゴッドがたずね、アクアがためらいがちにうなずく。はあ、とひとつため息をついてから、ゴッドは話し始めた。
「前提として、制度上、精霊が変わったってことを誰かに報告しなきゃいけないとは決まってない。だけど、いままでの精霊たちはたいてい女王家には報告を入れていた。精霊が必要になるようなことが起きた場合、女王家と協力して対処できたほうが都合がいいからだ」
あたしが人間界にやってきたのも、女王家との協力あってこそだ。この家は女王家の持ち物だし、ここでの生活の費用も女王家が立て替えてくれている。
「だけど今代精霊は、精霊狩りで前の精霊がいなくなって急遽決まったのばっかりだ。俺とグロウは、グロウの父親のおかげで報告できたけど、ほかは一切女王家には伝わってなかった。ルビィは神魔が終わってから女王に会いに行ってるだろ? 俺たちはお前がいることは知ってた」
あたしはその報告のときにグロウとゴッドの存在を知った。まさか一緒に暮らしてたとは思わなかったけど。仕事って、いったいなにをしてるんだろう。
それを聞く間もなく、ゴッドが話を続ける。
「だけど雪の精霊はなにも報告を入れてなかった。どころか女王家から連絡を取ろうとしても全部無視してる。意図的に外部と遮断されてた」
「それ、事故の可能性が高いって話やなかった?」
グロウがゴッドの断言にくちを挟んだ。
「最後に会ったときはそんなこと言ってたっけな。でも違った。前の雪の精霊は女王家の騎士団に所属してただろ。だから夫婦で精霊狩りに遭って、子供だけが残されて、その子供の面倒は騎士団の新入りが見ることになってたそうだ。家まで行ってなにからなにまでって訳じゃなく、城下に出かけるのに子供だけじゃ危ないから付き添うとか、そのくらいだったらしいけど」
両親が精霊狩りに遭ってどうしてたんだろうと思ってたけど、そういうことだったんだ。でも、この話は少しおかしい。
「騎士団って女王家直属じゃん。その時点で女王家に精霊決定の報告が届くはずじゃないの?」
「ちょっと待って、騎士団って?」
あたしの質問に続いて、アクアが一般常識のないことを聞いた。そうだった。これも知らないよねえ。
「騎士団っていうがは、女王家お抱えの、城下の警察組織。まあ、最近というか、前の雪の精霊が入った頃からはだいぶ独立して動きよったみたいなけど。神魔以降は統率力のあった雪の精霊がおらんなって、ほとんど壊れかけやね。で、報告ができてなかった原因は?」
グロウの催促にゴッドが答える。
「主な原因はまさにそこ。女王家からの支配が弱まって、組織がぐずぐずになってたせいだ」
「でも騎士団が腐ったがは雪の精霊がおらんなってすぐではないろ? まともに動きよった時期もあるに、その間に報告なかったがはどういてよ」
「決まってなかったんだよ」
決まってなかった。精霊が。精霊が?
「そんなことってあるの? 精霊はなりたいからなるとか、そういうもんじゃないでしょ。生まれと魔力で決まるんだから」
ゴッドはあたしの問いに、違う問いで返した。
「グロウに聞いたんだけど、お前、きょうだいいるんだよな。なんで兄貴じゃなくてお前が精霊になったんだ?」
「それは、あたしのほうが圧倒的に魔力が強くて」
「じゃあもし、兄貴の魔力がお前と遜色なかったら? どっちが精霊になってたと思う?」
「それでもあたしだよ。お兄ちゃんは精霊になる気もなかったし、あたしはなりたかったから……あ」
当然のつもりで答えて、ゴッドの言いたいことがわかった。
「あるんだよ、なりたいなりたくないで精霊が決まる場合も」
「新しい雪の精霊にも、きょうだいがいるってこと?」
「そ」
ゴッドがうなずく。しかしグロウはなおも納得できないというふうに、
「雪の精霊って一人娘やなかった?」
「実は弟がいるんだよ。隠してた理由までは分かんなかったけどな」
「そう……そっち、本人から聞けそうやったら聞かんとね。でも、候補が複数おったち、前の精霊が殺されたがで? そんな緊急時やったらすぐに次の精霊決めるがが普通やお。少なくともどっちかが精霊服出してしもうたら、その人が精霊に確定、もう変更はきかんがやき。多少揉めたち、そう長いこと保留にはならんはずで」
「お前の言うとおり。保留されてた期間はそう長くない。だけど騎士団が腐るまでの期間よりは長かった。騎士団から派遣されてた世話役がスノークスの姉弟との間で不祥事を起こして、それを揉み消したとこから腐敗が始まったらしい。精霊が確定したのはその近辺。それを報告したら不祥事も発覚するっていうんで、騎士団は知らぬ存ぜぬを通してたって訳だ」
長い長いため息が出た。なんというかもう、めちゃくちゃだ。それもこれも、全部がたった一人の精霊狩りに起因してるなんて。当事者じゃなかったら信じられなかったろう。
「アクア、いまの話わかった?」
「だいたいは……雪の精霊のこと、騎士団は知ってたけど報告しなかったってことだよな?」
「ああ、結論はそんなとこだ。……と、結論はそっちじゃなかったな」
誰が雪の精霊となり、この人間界に飛ばされてきているのか。
「今代雪の精霊は、ユール・スノークス。三八八五年生まれ。それ以外まったく、どこにも何の記録もない、ノージア・スノークスの秘蔵っ子だ」
ユール、という名前を聞いて、あたしは男か女か判断しかねた。グロウが、
「八十五年、てことは弟のほうやね」
と言ってくれて、やっと全部の答えが出揃う。単純に年齢で見て、二つ上。人間界では中学三年のはずだ。
アクアが感心しきったように、
「どうやってそこまで調べたの?」
とたずねる。ゴッドはきれいな顔で完璧に笑って、唇の前に人差し指を立てて見せた。
「内緒」