=風の精霊ウィンディ=

ゴッド 2

「これどういう仕組みなの?」
 あたしが聞くと、アクアはさらに声を弾ませて、
「この外円が基盤で、内側の三本が支柱、こっちで範囲の自由度上げて魔力を受け流すメインの装置はこっち。これ付けて分散の方向を調節できるようにして、あとは……この辺の線はなんとなく引いたからわかんない」
「なんとなく!? なんとなくでこれが書けるの!?」
 アクアが指しているのはいちばん複雑そうな、外円とやらの内側をあちこち走り回っている線だった。
「なんとなくっていうか、書いてたら感覚でわかるっていうか」
「魔法陣書くのも一種の魔法だからな。俺の知り合いにも、自分で書いた陣の仕組みも説明できないやついるし、逆に組み立てが分かってても書けないやつには書けないし」
「そうなんだ。あたし、アルサが感覚で書いてるのは、ルサ・イルだからかと思ってた」
 ついでにあたしが全然魔法陣を書けない理由も判明した。魔力的に向いてないってことか。そう言われてみると、アルサの曖昧な説明の意味もすこしわかった気がする。
「簡単な陣は組み立てがわかってたら書けるけど、複雑な陣は感覚頼りなとこが多いかな。あの人形もたぶんそういう陣だと思う」
「魔法陣でできてたから、攻撃も単純だったの?」
「うん、外部から操作しない限り、陣に組み込まれてない動きはできないはずだ。最初は弾いてた攻撃が最後には効くようになったのも、魔法陣だと追加で魔力が届けられないせいじゃないかな」
「じゃあ黒い人形は何なんだ?」
 ゴッドが頬杖をついて眉をひそめる。
「あれはそんな単純なものじゃなかった。魔力をそのまま撃ってたのは同じだが、魔法以外の動きが複雑すぎる。それに教室の窓を破ったとき、あいつは魔力で空中に浮かんでた。生身でやっても相当消耗する魔法だぜ。どうやって魔法陣にそんだけの魔力を預けてたんだ?」
 ゴッドの言うように、魔法でひとの体を宙に浮かべるにはかなりの魔力が必要だ。そしてそんな大量の魔力には、ほとんどの魔法陣が耐えられない。一般的に、魔法陣は複雑な魔法を最低限の魔力で実現するための道具ではあるが、浮遊なんかの単純な魔法には、陣を介したところで大した省エネルギー効果は見込めない。
「ってことは、黒いやつは陣を使ってない魔法だったんじゃないの?」
 あたしがそう言うと、ゴッドは冗談を聞いたみたいに息で笑った。
「生身の魔法であんな複雑な物作ってたって? そんなことできるやつがそうそういてたまるかよ」
「案外いるみたいだよ。アルサに聞いたのは女のひとの話ばっかりだったけど」
「お前、それ――」
「あのっ!」
 アクアが思い切ったように手を挙げた。
「そうそういないとか、案外いるとか、どういうこと? なにか、珍しい魔法なの?」
「ああ、アクアはそういうことも知らないんだね」
 魔法陣について熱弁を振るわれて忘れかけていた。アクアってこういう常識知らないんだった。
「魔力って、普通それだけじゃほとんどなにもできないんだよね。なんとなーく、体で動かしていくだけ。体だけで使える魔法もあるけど、それはすこしだし、力移しとかの簡単なもの。だから魔法陣が必要なの。陣に流すことで、魔力は部屋の明かりになったり、人を移動させたり、あの白い人形みたいな物の形になったりする。だいたいの魔法は魔法陣で使うものなんだよ」
「でもじゃあ、ルビィが使ってた魔法は? 陣とかなかったよな」
「精霊の剣には魔法陣が組み込まれてるから。前にも言ったけど、魔力自体にも初代ルサ・イルが手を加えてるし。まあ、それは置いといて、そういう仕掛けなしに体ひとつで魔法を使える人も、世の中にはいるんだよ。だけど数はとっても少ない。あたしも実際には会ったことない」
「だけど伝聞では何人も知ってるんだな?」
 ゴッドが話を本題に戻した。
「うん。あたしは神魔の間、アルサ……ルサ・イルと一緒に行動してた。アルサには何人か子供がいて、それぞれお母さんが違うんだって。そのお母さんたちがみんな、そういう魔法を使えたんだって」
「魔力の実体化か。それに一人の男が女だけで見て何人も出会ってるってことは、ここで遭遇する可能性も、まあ、ないとは言えないか」
 沈黙。マネキン使いについて、いま推測できるのはここまでだった。
 考え込んでいる様子のゴッドに、アクアがおずおず声をかける。
「あの、魔法を解かれる前の記憶があるって話は……?」
「ああそうだ。アクア、ごめんな」
 いきなり謝罪されて、アクアは返す言葉をなくす。あたしもハテナを浮かべかけて、教室でのやり取りを思い出した。
「最初会ったとき、なんも分かんなくてお前らのことめちゃくちゃ疑ってた。状況分かってなかったとはいえ、悪かった」
 同じようなことを、ゴッドはあたしにも言ってくれていた。律儀というか、まめだなあ。
 アクアはまだどう話しかけたらいいかわからないようで、
「そんなの……気にしなくていい、です」
「どーも。でも、ですはいらねえよ」
 と、なんだかぎこちなく返事をしていた。
「アクアは魔法を解かれる前のこと、全然覚えてないのか?」
「え、はい。魔法を解かれたのは放課後、帰り道だったけど、その日あったこととか、どこへ帰ろうとしてたとか、そういうのもわからなくて……。あ、でも定、って友達がいることとか、教室がどことか、そういうのはなぜか覚えてた……」
 あたしが今日確認したのと同じことを、アクアはまた繰り返す。ゴッドはそれに加えて、
「じゃあ、封印が解かれる直前のことはどの程度覚えてる?」
 と聞いた。
「直前? どこに帰るつもりだったのかもわかんないのに」
「でもそういえば、定といたのは覚えてる。学校帰りなのもわかったし、ちょうど分かれ道を過ぎたとこだったのも」
 それも覚えてるって言うんだろうか。ゴッドはひとつうなずいて、
「グロウ」
 とキッチンに向かって呼ばわった。

2013/9/30 (修正 2023/3/9)