探し出すべき精霊について、ひとつだけわかっていることがある。それは、みんなこの枝葉川学園にいるということだ。あたしが事件について城へ報告に向かった時には、すでにそこまでの調べはついていた。決まった敷地のなかで時間割通りに行動させておけば監視が楽だからではないか、と女王家は推測していた。
いまのところ敵襲はない。相手はまだ、あたしが魔の手を逃れて人間界にいるなんて知らないのかもしれないし、知っていても手を出せないのかもしれない。グロウやアクアと同じ家に集まっていることは察知されているんだろうか。監視は学校のなかだけなのか、ずっとついているのか、それともそもそもいないのか。わからないことだらけだ。
だからこの状況はいつ変わってもおかしくない。とにかく、早く精霊を集め、迎撃態勢を整えることが最優先。そのためにはアクアの抱える山積みの謎も、ひとまず後回しだ。
だから今日もあたしは右から左に流れるだけの授業を聞いて、やっとの思いで昼休みを迎えた。
「つかれたあ」
「苑美、授業中寝てたよね」
隣の席でノートを閉じながら河音が言う。ちらっと見えた図形は先生が書いたものよりずっと真っ直ぐな線で引かれていた。陣書きってみんなこうなのかな。
「難しいことって聞いてるだけで眠くならない? それにあたし、足したり引いたりはアルサに習ったから、これ以上のこと勉強する必要ないし。河音は授業わかるの?」
「あんまり……でも、こういうの書くのは好きだから」
「ふーん、丸とか三角なら――」
魔法陣じゃなくてもいいんだ、と、言いかけたときだった。
「天花、お前寝てた? おでこ真っ赤になってる」
聞き覚えのある男子の声とともに、目の前に黒い手提げ袋が下りてくる。男子はへらへら笑いつつ、河音の前の椅子を後ろに向けて座った。
「定」
河音が名前を呼んで気づく。昨日、河音と一緒に帰ってた男子か。二人がここでお弁当食べるなら、あたしはどうしよう。
と、思っていたところへ声がかかった。
「苑美、河音。こっち」
教室前の入口からすたすたと歩いてきた楓生が、問答無用とばかりにあたしと河音の手を掴む。
「楓生? え、ちょっとどこ行くの?」
「待って待って、さ、定ごめん!」
慌てるあたしにも、振り返って友達に謝る河音にもなにも言わず、楓生はドアへ足を向ける。
「おーい夏越ー、早瀬ー……」
河音の友達の呆れ声が不安そうに遠ざかって行った。
楓生が向かったのは屋上だった。
背後で錆びた扉が閉まる。風と日差しが灰色の床一面に注ぐ。すこし先にある錆びたフェンス越しに、運動場と、同じ敷地に建っている高校の校舎が見えた。
「それで楓生、ここになんかあるの?」
「その逆。なんもないきここまで来たがよ」
そう言って楓生は、黄ばんだ大きなタンクの裏側へ回った。あたしは河音と顔を見合わせ、弁当を手についていく。
「ここやったら誰にも見られんし、声も聞こえんろ」
確かに、中学よりも一階高い高校からも、運動場からも見えなくなった。
誰にも見つからない場所へ輪になって腰を下ろし、それぞれにお弁当の包みを解く。作ったのは楓生だ。こういうのは得意らしくて、家でのご飯も楓生が作ってくれている。
「今日はなにかな~」
お弁当の中身は毎日違う。あたしはわくわくしながら二段になったお弁当箱を広げる。下の段がご飯で、上の段に昨日の晩ご飯に出た野菜炒めと、朝ご飯の卵焼き、四つ切りみかんが一かけら。楓生の作った、地味だけどおいしいお弁当だ。
「いっただっきまーす」
クラスのひとに怪しまれないよう、三つのお弁当はちょっとずつ中身が違っていた。楓生のは種類はわからないけど魚と、ブロッコリーにトマト、みかんはあたしと一緒。河音のは卵に野菜炒めにトマトの組み合わせだった。
「お兄ちゃんも料理上手だけど、グロウのご飯もおいしいよね」
言ってからはっとする。河音はなにも気付いてないようで、
「そういえばお兄さんいるって言ってたよな。どんなひと?」
なんて聞いてくるけど、グロウは聞き逃さなかったはずだ。また怒られる、と身構えると、意外にも楓生はちらっと目を上げただけだった。あたしは拍子抜けして、とりあえずアクアの質問に答える。
「五歳上だから、いま十七歳か。城下で繕い物のお店やってるの。それで、えっと……グロウ?」
物は試し、もう一回呼んでみた。果たしてグロウは、子供に呆れるみたいに笑った。
「かまんで、誰っちゃあに聞こえんし。今日はそのためにここまで来たが」
「そのため?」
「二つ話があるがよ。ひとつは今日見つけた精霊のこと、二つ目はアクアの――」
「精霊を見つけた!?」
全部聞くまで待てなかった。身を乗り出して、ひっくり返りそうになったお弁当箱をアクアが押さえてくれる。
「ごめん、ありがと。で、精霊って? もしかして前に言ってた、名前なんだっけ、グロウの知ってるひと!?」
グロウは、まあ落ち着きや、とあたしを制して、淡々と水筒を開ける。
「アクアがびっくりしちゅうろ。……ルビィには前に話したがやけど、神魔中、うちんくでひとり精霊の子を預かっちょったがよ。うちのお母さんは病気で早うに亡くなったがやけど、精霊しよった父さんがおってね。炎の精霊が昔の学友とかで、そのひとが精霊狩りに遭うたあと、その息子を連れてきて、人間界に飛ばされるまでうちとはずっと一緒におりよった」
「おれとフィーみたいな……?」