=風の精霊ウィンディ=

ルビィ 4

「そんな人と、どうして一緒にいたの?」
「それが話せば長いんだけどね」
 とりあえず、ここは順を追って話すしかない。
「お母さんが精霊狩りに遭ったのは、あたしが五歳のときで、二人で出かけた帰り道、だったかな。もうあんまり覚えてないんだけど、お母さんが逃がしてくれたんだと思う。そのときアルサと会ったの」
 あの瞬間のことはいまでもちゃんと覚えている。
 黒い髪と灰色の目、肩の上には白い花。マントの黒いフードから影を落として、彼は柔らかく微笑んでいた。彼は細長い体を折りたたむようにしゃがみこんであたしと視線を合わせ、そうしてあたしはなにもかもを聞いた。
「アルサはなんでも知ってた。お母さんが精霊狩りに遭ったことも、そもそも精霊狩りってなんなのかも、それが神魔戦争って名前なんだってことも教えてくれた。それから、その時からあたしが風の精霊になったってことも」
「家には帰らなかったの?」
「うん。アルサが、精霊は狙われてるから、帰ったらお兄ちゃんたちを巻き込んじゃうって。うち、お兄ちゃんがいるんだ。いまも魔界で待っててくれてる。あの頃も手紙とかで連絡はしてたよ。いろんなとこ行ったり来たりで、あんまり返事はもらえなかったけど」
 アクアは、グロウと違って家のことはそれ以上聞かなかった。
「アルサには友達とか、恋人とか、とにかく知り合いがいっぱいいてね。そういう人たちのところにお世話になって、神魔の七年間はほとんどそうやって過ごしてた。魔法についてはかなり鍛えられたよ。そういうとこはアクアと一緒かも」
「……うん」
 すこしだけアクアの表情が緩む。
「あたしも魔法陣習ったんだよ。才能なくって全然書けなかったけど。アルサはいろんなとこに子供がいて、その子たちはみんな出来が良いって自慢されてたなあ」
 なぜかアルサは子供たちのところへ行きたがらず、一度も会うことはなかったけれど、話だけはよく聞いた。奥さんも何人もいて、そのどれもがアルサにとっての家だと言っていた。
「いま、そのルサ・イルって人は?」
 一瞬、言葉に詰まった。たぶん、をつけるかどうか迷って、結局、
「消えちゃった。行方不明、とかそういうやつだと思う」
 と答える。さっとアクアの表情が曇るのがわかり、あたしは急いで説明を加える。
「もともと変だったんだよね。家族がいるのにあたしを連れ歩いて、精霊狩りとか神魔戦争とか、名前付けたのもアルサらしくて。ほんとは、ずっと探し物をしてたみたい」
「探し物?」
「そう。結局アルサは見つけられなくて、あたしがひとりで見つけたんだけど。アサナギとユウナギって言って、見た目は双子の子供なんだけど、ちょっと普通じゃないんだよ。魔界に帰ったらアクアにも会わせてあげる」
 アサナギとユウナギには、アルサと別れてすぐに出会えた。あたしにはアルサが二人を探していた意味はわからない。でも、アサナギとユウナギは、アルサの存在も、アルサが来ないことも知っていた。
 アクアは悲しい顔をしていた。実際、これは悲しいことなんだろう。だけどあたしはそんな気持ちにはならない。
「そんな顔しないでよ。あたし、アルサとはなんとなく、そのうち会えなくなるような気がしてたし。アルサって言うことがいちいち遺言ぽいんだよね。思わせぶりっていうか。アサナギとユウナギのこともそうだけど」
「自分からいなくなったってこと?」
「さあ……そこまでは。まあアルサとはそんな感じで、それからすぐ家に帰れることになって、お兄ちゃんと会って、お城で女王様に報告して――この間の、一月だね。神魔戦争終了宣言が出たんだよ」
「終了してなにか、変わったことがあったの?」
「ううん、特には。前の精霊がみんないなくなったのが確認されたぐらい。あとはみんながあの時期を神魔って呼ぶようになったことかな。それまで一部の人しか使ってなかったらしいから。たぶん、名前つけて終息しましたって告知しないと、魔界中不安でどうにもなんないからじゃないかなあ。実際、次は起きちゃったわけだし」
 次、とアクアが繰り返す。あたしは軽くうなずいて、
「いま、あたしたちが人間界にいること。こっちも犯人が分かってないんだけど、何者かが魔法陣で今代精霊を一斉に人間界に送った。城側も新しい精霊を把握しきってないうちだし、魔法陣もけっこうすごい陣でさ。記憶と魔力まで封じ込める機能があるんだよ。魔界でもネイチャー様が封印されちゃって、それを解放するにもとにかく精霊集めないと、戦力が全然足りなくて」
「ルビィは?」
「あたしは、ってどういうこと?」
 そのあたしの話は、さっき終わったところなんだけど。
「精霊は全員が人間界に飛ばされたわけじゃないの?」
「あ、そういうこと? あたしは、ちょうどその魔法陣が出てきたときに、アサナギとユウナギが一緒で助けてもらったの」
「だからルビィだけ無事で、みんなを探しに来た、ってこと?」
「そ。魔界にいてもまた狙われるかもしれないし。それならいっそ、魔法陣がちゃんと効いたフリで人間界に行って、ついでに精霊探しもあたしがやろうって」
「そういうことだったんだ」
「うん。それほど勝算なかったらしいけど、グロウとも会えたし、アクアも見つけられた。女王家が思ってるよりずっと順調だよ」
 長い説明がこれで一段落した。あたしはやっと一息ついて伸びをする。
「ルビィは偉いね。そんな大変な思いして、こんな大変なこと引き受けて」
 アクアが感慨深げにつぶやく。……大変なのはどっちだろう。そう言うアクアの親だって行方知れずなのに。生死が確認されていないから失踪と言われているだけで、生きている可能性はないも同然なのに。
 だけど、そんなところをいま突いていいはずはなく、そうなるとあたしの答えは一つしかない。
「あたし精霊だもん。魔界のためなら、がんばらなきゃ」
 アクアはちょっと目を見張って、息をつくように、
「そっか」
 と言った。

2012/5/14 (修正 2023/3/9)