IFアクアの話 一人称
IFアクアの話 一人称
別に、優等生が嫌いな訳じゃない。勉強だろうが何だろうが、頑張っている人は偉いと思うし、能力や努力を認められるのが気持ち良いことだって分かる。まあ、そこへ茶々を入れるのが楽しい奴に、こんなこと思われたくないだろうけど。
しかし、だったらどうしてあいつのことがこんなにむかつくのか。理由はいくつも思い浮かぶが、一つに絞るのは難しい。ただおれは、あいつの内にある何かが決定的に許せないのだ。
そんな奴に、城下でばったり出くわした。こちらが声をかけなければ無視される。それが癪とまではいかないが、顔はほとんど自動的に笑って、口が勝手にしゃべっていた。
「ユール、今日もお姉さんの手伝い?」
一人、秘塔へ通う鞄もなく、バスケットを一つだけ持っている。その隣へ許可なく並ぶと、ユールは
「違う。ルビィと待ち合わせだ。だから来るな」
「そんなこと言われちゃ尚更行きたくなるだろ」
「悪趣味だな、本当に」
倒置法まで使って非難された。好みが合わないだけじゃない? と返したが、その後ユールからの言葉はなくなる。
「なあちょっと、無視すんなよ」
「無視したつもりはない。それより付いて来るな。ルビィに会っても嫌がられるだけだろう」
こちらを見て、会話の相手として対等と見なしているかのような態度でユールが言う。けれどその口振りは上から目線の忠告そのものだった。……こいつのこういうところがむかつく。
「おれがルビィに好かれたがってるとでも思ってんの?」
「お前はあいつに嫌われたいのか? ますますひどい趣味だな」
ユールはおれがルビィに絡むためだけにこうしているのだと思っている。何にも分かってない。そのくせ全部お見通しみたいに言い切るのだから質が悪い。だけどおれはこいつに理解されようなんて思ってない。むしろそんなことになったら今の数倍むかつくだろう。だからおれからは、そんな指摘はしてやらないのだ。
「嫌われたいか好かれたいかなんて、いちいち考えてやってないよ。ルビィはただからかうと面白いだけ」
「じゃあどうしておれにまで構う?」
嫌いだから。否定してやりたいから。――とは今は言う気になれなかった。代わりに
「そんなこと正面から聞かれて、素直に答える訳ないだろ」
とうそぶいてやる。
ユールは多分、おれがルビィにちょっかいを出すたびに邪魔するから目を付けられているのだろう、程度にしか思っていない。最初は確かにそうだった。目障りだな、良い人ぶりやがって、いつでも味方みたいなフリしちゃって。何度もそんな印象を重ねていく内に、おれはユールの無自覚な矛盾に気付いた。そして無自覚ゆえに平然と何の矛盾もないかのように振る舞う姿が、気に障って仕方なくなった。
その矛盾に気付かせたい。気付いて、おれの方がずっと早くに知っていたと分かってショックを受ければいい。何にも拠り所のない不安を、一度その身で感じてみたらいいんだ。
「ユールはどうせ、おれのこと見下してんだろ? あちこちフラフラして、人の嫌がることばっかして。そんな奴が寄り付いて来るのが鬱陶しいからそんな聞き方するんだ」
煽るように言うと、ユールはそうだな、とあっさり認めてから
「でも、お前の全部を軽蔑してる訳じゃない。陣書きとしての実力は認めるし、自活していることを考えれば親に学生をさせてもらっているおれより偉いかもしれない」
そんな……そんな、答え難いことを淡々と、いつもの声色で言ってのけた。
「…………」
返す言葉は遂に思いつかなかった。
二人して気味悪く黙ることに耐えられず、おれはルビィに会う前に立ち去ろうと決める。
「じゃあおれ、用事あるから」
「用があるならこんなことで油を売るんじゃない」
ユールはまた説教臭い言葉をかけ、足を止めて手を振った。
「ばいばい」
「……ぷっ」
あまりに似合わない仕草と言葉に思わず吹き出してしまう。
「どうかしたか」
そう尋ねる声もどこか笑われて拗ねているように聞こえて、おれはつい自然に
「何でもないよ。じゃあな」
と返していた。
その声が自分でもびっくりするほど屈託のない声で、なんだか背筋がむず痒くなり、おれはいたたまれなさから踵を返して駆けだした。
ミスった。しくじった。こうじゃない。こんなつもりじゃなくて。
「あーくそ!」
一枚上手に知ってるのはおれの方だ。だけど、一枚上手に動けるのは向こうだ。
今まで何度も思い知ってきたことをまた見つめ直させられて、広がったイライラは声になって体を出て行く。
「優等生なんて嫌いだ!」
そばを通った秘塔生らしき女子が、びくりと肩をはねさせた。
思ってたのと違う仕上がりになって誰より私がびっくりしている
まだユールがアクアを単にルビィにちょっかいかけに来るやつとしか思ってない頃?
この頃は常にユール優位でアクアの思い通りにはいかないけど、ユールがそれだけじゃないって気付き始めるとアクア優位になりだす
負けるアクア視点だから書いてて恥ずかしい