ルビィ誕生日2013

ルビィ誕生日2013 クルス一人称 vol.2と3の間


 城下にじわじわと、冬の気配が匂い始めた。俺の店にも、手袋やマフラーやセーターのお直しがよく届く。小物についてはいくつか、新品も注文もあった。
 カウンターにもたれて、ヒュナがその注文票をぱらぱらとめくる。
「繁盛してるわねー」
「毎年このくらいだよ。ヒュナの方はどうなんだ?」
「市はこれからお酒の季節よ。出品できる日が減るの」
「じゃ、会える日が増えるかな」
「クルスったら」
 顔も上げずに笑うヒュナの前、カウンターの中からちょっと声を潜める。
「明日、会える?」
 ヒュナは形ばかりカレンダーを見やって、「ええ」と答えようとした口を半開きで止めた。俺の毛糸を巻く手も止まる。
「だめだったか?」
「ダメに決まってるわ! 明日って、ルビィちゃんの誕生日じゃない!」
 閉店後の店先に、ヒュナの声がきーんと響く。ここまできっぱり断られるとは思わず、返事は言い訳がましいものとなった。
「そうだけど、明日も明後日も平日で、ルビィは学校だから……」
「それが何? クルス、ルビィちゃんと一緒に誕生日を過ごせるの、何年ぶり?」
「……神魔前ぶり、だな」
 言われてみれば、というやつだった。8年という長さに、素直に驚く。
「そうだなあ。13歳だもんなあ」
 感慨深く呟く俺に、ヒュナは腕組みで言う。
「とにかく、誕生日は家族で過ごすものよ。一緒にいられる時間は大事にしなくちゃいけないわ」
 その言葉は、ルビィと過ごすことをすぐに諦めてしまう俺への言葉であり、一緒にいられる時間を大切にできなかった、ヒュナ自身へ向かうものでもあった。

 翌日、夕方の鐘と同時に店をしまい、俺はそそくさと家路についた。城下外への移動陣へ向かう俺に、町の人たちが声をかける。
「やけに急いでるみたいだけど、例の、美人の彼女でも待たせてるのかい?」
「今日はちっちゃいお姫様が待ってるんです」
 そのお姫様は、俺が帰るなりジャンプで抱き着いてきた。
「おかえり、お兄ちゃん!」
「ただいま。ルビィもおかえり」
「ただいま!」
 軽い体を抱きしめて、その場でグルグル回って、久しぶり、元気だった? 何してた? 宿題やってた、なんて一通りの言葉を交わして、ほっぺたにキス。ルビィを下して、両手をつないで、8年ぶり、8年分のお祝いを伝える。
「13歳の誕生日おめでとう。ルビィ」
「ありがとう、クルス兄ちゃん」
 ルビィの笑顔は、確かにちゃんと13歳の女の子のものだったけれど、それでいて、離れ離れになった日と何も変わらない笑顔だった。

 夕飯のメニューはシチューにしていた。昔から、ルビィはこういう鍋一つでできる料理が好きだ。包みものも好きだから、メインの具はロールキャベツ。おかわりは2回まで注いでやって、3回目は
「ケーキもあるからな」
 と止めておいた。ルビィは「今日もお仕事だったのに? すごいっ! さすがお兄ちゃん!」と大絶賛する。買ってきた可能性を一切考えられていないのが嬉しかった。
「ねえどんなケーキ?」
「その前に。はい、プレゼント」
 テーブル下から、ひと月かけて用意した包みを取り出す。ルビィはもう、これ以上にっこりすることはできないだろうというくらい破顔してそれを受け取る。
「ありがとう! 開けていい?」
「どうぞ」
 そう言うと、ルビィは子供っぽく先走った手つきで紙の包装を剥がし始めた。取り出して、広げて、胸に当てる。
「ワンピース?」
「ジャンパースカートだよ。この先の季節に着られるように」
 深い緑のコーデュロイ。二つのポケットには金の飾りボタンをつけて、裾にはシンプルな刺繍を入れた。ファスナーは背中より楽な脇にしてある。
 ルビィはこれも、俺が作ったと最初から確信して、作ったの? ではなく
「着ていい?」
 と聞いた。聞きながらもうファスナーを下している。
「もちろん」
 スカートをかぶって、ズボンを脱いで、ルビィは両手を広げて見せた。
「よかった。似合うよ」
「あたりまえだよ。お兄ちゃんが作ってくれたんだもん」
 ルビィはそう言って椅子に戻り、はーっと息をついた。
「ほんと、今日帰ってきてよかった! 五人で誕生日するのもいいけど、それはまだ何回もできるもんね。お兄ちゃんと一緒の誕生日って、久しぶりですっごく嬉しいよ」
 ルビィは素直だ。真っ直ぐで、躊躇いがなくて、正直だ。その素直さにつられて、俺も一つ、種明かしをする。
「実は今日、本当はルビィを呼び戻すつもりじゃなかったんだ。学校もあるし、誕生日を祝ってくれる人もいるし。だけど昨日、ヒュナに『誕生日は家族で過ごすものよ!』って叱られて、急遽準備したんだよ」
 ケーキは昨日の夜焼いて、シチューは朝仕込んで仕事に行った。プレゼントだけは用意してあったけど、ラッピングは昨夜、ヒュナがしてくれたものだ。
 それを聞いたルビィは、そうだったんだ、と相槌を打った後
「じゃあ、もしかしたら来年はヒュナさんも一緒かもね」
 と笑った。俺はその意味を数秒考えて
「お兄ちゃんをからかうんじゃないっ!」
「でもそのうち結婚するんでしょ? そしたらヒュナさんはあたしのお姉さんじゃん」
「そうだけど、そしたらユールも一緒だろ。もしそうなったら、来年の誕生日は四人一緒だ」
 ユールを苦手がっているルビィは少し考えるそぶりを見せて、結局、嬉しそうに言い切る。
「そうなったらいいね!」


2013/11/20
あとがき。

実際クルヒュナの結婚はもう少し先ですが
ルビィ誕生日おめでとう。急ごしらえだけどなんとか間に合った
せっかくだからハタチになる話でもいいなと思ったけど、精霊継いだ時点で成人だから何のネタもなかったね!
ルビィ「こんな大きいの二人じゃ食べきれないよ」クルス「残りはお土産に持って帰ればいいと思って」
っていうのやりたかったけど入らんかったー