文化祭 前編

せつめい

文化祭の話 河音視点中心三人称 中3~高2

 昇降口から入った風が下駄箱のあいだをすり抜けて、びゅう、と音を立てた。河音は淡い水色のマフラーのなかで首を縮こめる。一月の風はまぎれなく真冬の温度だった。
 早く来ないかな、と玄関のすみっこから顔を出して階段室を覗くと、待ち人が二段飛ばしで降りてくるところだった。
「わりーわりー、おまたせ」
「ううん、だいじょぶ」
「そう?」
「すごい寒かったけど」
「どっちだよ。大丈夫じゃねーのかよ」
 定があきれたように言いながら黒い手袋をはめる。河音は隣について歩き出しながら聞く。
「模擬店どうなった?」
 毎年二月最初の土日に設定されている枝葉川中高の合同文化祭まで、約一ヶ月。いまはどこのクラスも、なにをやるのか、どんな準備がいるのか、そんな話題で持ちきりだ。
「早瀬んとこなんだっけ」
「縁日。射的とか輪投げとかダーツとかやって、景品にお菓子渡すの」
「的当てばっかかよ」
 定はすぐには答えず笑った。河音はもう一度聞く。
「それで、定のクラスは? なにやるんだよ」
「……女装喫茶」
 嫌そうにひん曲げたくちが発した言葉を、河音はゆっくりとリピートする。
「じょそうきっさ。って、女装? するの? 定が?」
「男子ほぼ全員。絶対地獄だぜ。うへー」
 定の吐いた息は白く、河音もくちもとをけぶらせて笑った。
「来なくていいからな」
「遊びに行くよ。なあ、それって女子はなにするの?」
「なに、誰の心配? 天花はクラス一緒だろ、はっぴとか着せたら似合いそー」
 河音は無言で定の背中を叩いた。
「イタッ……くねー。わかってるよ、江藤姉だろ。早瀬って妙に女子と仲良いよなー。女子は衣装とか裏方だと思うけど。調理、は中学はできないけど、コーヒー入れたり皿にお菓子乗っけたりとか」
「そっか、料理はダメでも買ってきたやつなら出していいんだ」
「らしいぜ。高校生はいいよなー、俺も屋台とかやってみてー。つーかさ、早瀬、江藤にオレの衣装はヤバさ控えめなやつにしてって言っといてよ」
「えー、それどういうやつだよ」
 真剣な声で言う定に曖昧な返事をしつつ、河音は、ほかのみんなはなにをするのかなあ、と考えていた。

 人間界生活も三年目である。中学生活も三年目、文化祭だってこれで三回目だ。
 中一のときはあまり手の込んだことはできず、町の歴史だか学校の歴史だかの展示をした。河音は言われるがまま雑務をこなしたが、内容にはほとんど関わっていない。当日は定とお化け屋敷めぐりをして、女子よりもきゃーきゃーと悲鳴を上げて定には大層面白がられた。
 去年は大きな写真や絵を細かく切り分けたパズルを作って、お客さんのタイムを計測し、ランキングをつけて更新できたら景品をプレゼントするという企画をやった。パズルにする絵を決める、ほとんどクラス全員強制参加のコンペで河音の幾何学模様が入選し、最高難易度のパズルとして採用されたのはうれしかった。先走った男子が完成見本の作成前にパズルにバラしてしまい、一度は作り直しかと騒いだが、河音が描いた模様を完璧に再現してみせたことでその問題はすぐに解決した。クラスのみんなは大いに驚いたが、河音にとっては別段難しいことではない。この世界ではただの幾何学模様としか思われない図画は、お気に入りの魔法陣のパーツを抜き取って自分なりの法則で塗りつぶしたものだった。
 そんなふうに楽しんできた学校行事もそれなりに積み重なり、結果、今年の河音の仕事は看板、チラシ、その他書き物の文字パーツ担当となった。一部のクラスメイトは、河音がレタリングや筆跡模写に長けていることをすでに知っている。実際に振り分けられた仕事が始まるのは週が明けてからだ。
「でもさあ、実力テスト挟むのしんどいよねー」
 苑美が食器棚を開けながら言った。河音は炊きあがりまであと三十分と表示された炊飯器から視線を上げる。
 六時前、ダイニングキッチンには誰に言われるでもなく同居人たちが揃っている。最初の頃はエプロン姿の楓生か、彼女の動きを察知した熱斗かが部屋まで呼びに来ていたが、三年も経つとこの家がどういうペースで動いているのか、みんな自然とわかっていた。
「あんたはしんどい言うほど勉強せんろ」
 苑美の出してきた汁椀に野菜スープを注ぎながら、楓生が言う。河音も同じことを思っていた。昨夜、苑美の部屋で実力テストの範囲を知らせるプリントがゴミ箱に丸められているのを目撃したばかりだ。
「テストがあるってこと自体がやなの。わかるでしょ?」
 絵に描いたような勉強嫌いを地で行く苑美は、カウンター越しに上級生たちの同意を求める。が、柊はそんな期待など汲むはずもなく、
「わからない」
 コップと箸を丁寧に並べつつ、はっきりと否定を返す。
「むー。ゴッドは?」
「ごめんなー、別にしんどくはない」
 いつも味方をしてくれる熱斗も、これには同意してくれなかった。彼にとっては文化祭のような賑やかな行事よりテストの方がよっぽど気楽なのだろう。
「いいよねー、勉強できるひとは! あたしほんとに今度の数学やばくってさあ」
 スープのお椀を運びつつ、苑美は、教えて、と暗に言っている。カウンターを回り込む足取りを、河音はつい視線で追っている。
「河音、ご飯まだ?」
 炊飯器の前を動かない河音を、楓生が覗きこんできた。河音は画面の表示を指して、
「あと三十分って」
「うそ、タイマーにしちょったで」
 楓生は炊飯器の横腹に触れて、蒸気の吐き出し口を扇いで、ためらわず蓋を開ける。止める間もなかった。
「炊けちゅう」
 きちんと炊きあがった米の並びを目にして、河音はほっと胸をなで下ろした。以前、炊きあがる前に炊飯器を開けてしまって悲しい結末になったのが妙に記憶に残っている。
「なんでだろ」
「最近炊飯器おかしいがよね。何年前のやつか知らんけど、替え時やろうか」
「炊飯器っていくらぐらいするの?」
「さあ……ピンキリやない?」
 ピンとキリってどっちが高いんだっけ、と思いつつ、河音はとりあえず、人数分のご飯をよそうことにした。

 そんなことがあったのが一ヶ月前。
「だからっ、なんで炊飯器がコレにつながるんだよっ!」
 苑美曰くしんどい実力テストもあっさりと過ぎ、忙しくも楽しい準備期間を経て、文化祭一日目を終えた夜、河音はリビングで半べそで吠えていた。
 両手は膝の上で臙脂色のスカートの裾をつかみ、合服の白い袖に包まれた肩が震えている。左右均等に結ばれた襟元の赤いリボンが揺れる。枝葉川学園中高共通の女子制服であるセーラー服を、持ち主である楓生ではなく河音が着せられていた。
 カーペットに座り込み、ソファにかけた河音を見上げながら、苑美が首をかしげる。
「そういえば、なんで?」
 理由も知らずにやってたのか、とあきれで河音の涙がちょっと引っ込む。河音を正面から腕組みで見下ろす楓生は、満足げな笑みのまま、河音の隣に座って慰めてくれていた――事態が全然深刻ではないためかなり適当だったが――熱斗に目を向けた。
「教えちゃりや」
「熱斗……? もしかして」
「違う、俺は噛んでない」
 そっ、と距離を置く河音に対し、熱斗は静かに語り始めた。
「昼に軽音部のステージ前でこいつに会ったんだよ、そのとき――」

 とにかくまあ混雑していた。校舎内があまりにごった返していて、その暑苦しさから逃げてきたつもりだったのに、昇降口を出た先も賑わいは変わりなかった。熱斗はひとり、すいすいと人波を避けて運動場まで出た。そこまで来ると、さすがに立ち止まって休める場所ができてくる。
 軽音部のステージのために用意されたパイプ椅子だけが客を集めて、使っていない木陰の花壇がちょうどよく空き椅子になっていた。そこへ座って、正面のステージから演奏を終えてはけていく軽音部を見るともなく眺める。学年も知らない興味のない他人をひとりひとり見ていくより先に、よく知った後ろ姿が目についた。
「楓生」
 客席の後ろに立つ少女のそばに寄って声を掛けると、黒地のクラスTシャツを着た楓生が振り返った。
「なにしゆうが?」
 ずいぶんなご挨拶はいまに始まったことではない。熱斗は「店番終わったから混み合ってないとこ探して出てきた」と端的に答える。
「校舎内おったほうがえいがやない? それ、かまんが?」
 楓生が熱斗の胸元を指差す。
「別に。かけとくだけでいいって言われたし」
 熱斗は首から下がった紐を引っ張った。段ボールにポスカで書かれた看板が傾く。「ちょっと、見えんやん」と楓生が後ろの看板を引き下げて調整にかかるが、熱斗はどうでもよかった。
 シフト制の店番はともかく、監視の目がない校内を練り歩いての呼び込みを熱斗がしてくれるとは、もはやクラスメイトの誰も期待しなかった。その結果がこれだ。声を張らなくても目立つことは目立つのだから使わない手はない、とりあえずクラスの看板だけ引っさげて行動してくれ、というわけだ。
「さすがによう分かっちゅうわ。クラスの人も考えたもんや――」
 楓生がそう笑う声に、
「ではー、ここでCMです!」
 きーん、とハウリングの音を引いてステージ上の少女の声が重なった。看板の結び目を締め直す楓生のお節介の手が止まる。
「明日! 文化祭二日目のメインイベント、女装コンテストの出場者を大大大募集しております! 入賞者には豪華景品をご用意! ご覧ください!」
 筒にした模造紙を持った、実行委員の中一男子部隊が司会の少女の手の先に駆けてくる。ばりばりとやかましい音をマイクに拾わせつつ広がったのは、入賞賞品のリストだった。
「三位の方には高級夫婦茶碗! 二位はテレビCMでおなじみ、最新型炊飯器! そして優勝者にはなんと! なんと!」
 司会のノリにどこか既視感があるなと思ったら、浮かんできたのはクイードとピュッセだった。
「香島農業高校の生徒さんが作った、おいしいお米一俵を差し上げま~す! みなさん、奮ってご応募ください! エントリーは実行委員テントで受付中です! 他薦・自薦、問いません! みなさまどうぞ、よろしくお願いしまーす!」
 最後にまたマイクをきーんと鳴かせて、司会と部下の中一男子は退場していった。ご応募くださいって抽選かよ、なんで賞品が米食に偏ってるんだ、ていうかいつからそんなもんがメインイベントに、などと思いつつ、熱斗はやけに熱心に宣伝を聞いていた楓生に目をやる。
 目が合った。
「なに」
「炊飯器やと」
「ああ、言ってたな」
 言わんとすることは分かったが、あえてはぐらかした。
「家のやつ、最近様子がおかしいがよね。タイマーの時間通りに炊けんかったり」
 ほらやっぱり。
「どう考えても俺は無理だかんな」
「えー、でも欲しいやん。あれ、CMやりゆうがと同じ機種やったら、五万は下らんで」
 熱斗が答えずにいると、楓生は腕を組み、指先で顎を支え、神妙な面持ちで校舎に視線を滑らせた。
「勝ち目があるがは……」

 その結果、クラスの片付けと明日の準備を終えて帰宅した熱斗を、セーラー服のはだけた襟元とファスナーの上がっていないスカートを鷲掴んで半べその河音が迎えることとなったのだった――という一部始終を知った河音は、げんなりとため息をついた。
「じゃあおれは五万円のためにこんなことを……?」
 対する楓生は堂々としたもので、
「五万いわんするちや」
「そういうことじゃなくて。ていうか、お金の問題ならコレですぐじゃん」
 河音がソファのそばに転がる通学バッグから引っ張り出したのは、愛用のペンケース。いまの河音なら、魔法陣で五万円相当を稼ぐことなどさほど難しくもない。
「両替できんろ。女王家が用立ててくれゆう生活費、増額できんがはそのせいながやき」
 楓生は一旦はそんな正論を言って、けれど一拍あとににんまりと笑った。
「それに、面白そうやん?」
 本音はもちろんそっちなのだろう。めずらしいほど素直な笑顔に、河音は反論を諦めて熱斗に助けを求めた。
「止めてよ」
「止めれると思うか?」
「なら代わって」
「そうなったら炊飯器の前にタイムマシンだな」
 もっともだ。他になすりつけられそうなのは柊だが、彼のクラスのお化け屋敷は大繁盛で忙しいらしく、今日もまだ帰ってきていない。
「まあまあ、そんなに嫌がんなくても楽しんだらいいじゃん。可愛いよー」
 苑美は河音と同じ制服姿でそんなことを言う。好きな女の子に女装姿を可愛いと言われても恥ずかしいだけでうれしくはない。顔を赤くしたのを照れていると取ったのか、苑美は、
「絶対優勝できるって!」
 などといらない太鼓判を押してくれる。
「……っもう着替える!」
 河音は結局、絶対に出ないとは言えないままその日を終えてしまった。

 文化祭二日目の河音の仕事は、クラス内での接客と入り口付近でのビラ配りだった。
 そのはずだったのだが、なぜかシフトはすべてキャンセルされていた。考えるまでもなく楓生の仕業である。どんな手段を使ったのかまでは想像の範囲外だ。
「楓生、なんかすっごく張り切ってたわよ」
 朝一の店番を任された椎矢に言われ、河音はため息をつきつつ、係りが着るはっぴの袖を引っ張った。
「はあ……いいなあ」
「このダサいはっぴがいいの?」
「女装じゃなければなんでもいいよ……」
「え? ちょっとどういう――」
「河音!」
 来てしまった。河音は椎矢に「ちょっと行ってくる」と返し、戸口で手を振る楓生のもとへ歩き出す。
「準備オッケー? 行くで」
「おれは準備もなにもしてないけど……どこ行くの?」
「ここ」
 楓生が示したのは、河音たちのクラスが縁日をやっている、真横の教室。覗いてみると、どこかのクラスの荷物置き場になっているようだ。床に脱ぎ捨てられた誰かのクラスTシャツからすると、その向こうの教室で演劇をしている楓生のクラスに割り当てられた場所だった。
「そういえば楓生こそ、クラスの仕事はいいの?」
 無人の教室へ連れ込まれながら、河音は隣から聞こえる劇のBGMを気にする。楓生のことだからうまく言い訳をつけてきたのかもしれないが、お隣でクラスの人が働くなか、こんな私欲のための遊びにかかっていては申し訳ない気がした。
 けれど、そこは楓生、
「問題なし。うち、制作指揮と脚本補佐やき、当日はなんちゃあすることないが」
 河音には返す言葉もない。
「とりあえず、うちの制服とおおまかな道具は構えちゅうき、着替えて!」
 逃げ場のない密室で、河音はしぶしぶ学ランに手を掛けた。

 劇の小道具として用意したものの採用されなかったというウィッグはどうすればいいか分からなかったため、制服を男子用から女子用に替えただけの河音を見て、楓生は、
「うーん」
 と首をひねった。着せておいてなんだよ、とあきれる河音にウィッグを適当に被せ、さらに唸る。
「なんというか……これだけやとあまりにも女装、って感じ」
「女装以外のなんでもないだろ」
「そうやけど、そう感じさせん工夫が必要ちゅうことよ」
 そう言って楓生は衣装やメイク用品が雑多に放り込まれたプラケースに向かった。河音はそのへんに出ていた椅子を引っ張ってきて、することもないのでとりあえず掛ける。
 そういえば、定のクラスは女装喫茶をやると言っていた。昨日はお互いのシフトが重なっていて見に行けなかったから今日行ってやるつもりだったのに、これでは河音の方がからかわれて終わりだ。そもそも遊びに行けるのかどうか――などと考えていたときだった。
 わーっ、と、隣の教室で笑い声に近い歓声と拍手が沸き起こった。驚いて椅子を揺らした河音に、楓生が振り返りもせずに説明する。
「一幕終わったみたいなね」
「そっか。……あれ? じゃあここに」
 言い終わる寸前、ガラッ、と遠慮のない音を立てて前の扉が開いた。
「あーつかれた!」
「最後の超うまくいったよね?」
「あんた二回も噛んだでしょ!」
「やばい、あのネタもうだめだ、新しいの作んなきゃ」
「今から? 間に合わないわよ」
「ちょっとあんたマスカラやばい!」
「あっ、夏越ちゃーん! あたしのクレンジング取って!」
 わあわあと大騒ぎしながら入ってきたのは、午前の部「女だらけの舞踏会」公演を終えたA組女子のみなさんだった。
 戸口に背を向け、椅子の上で固まった河音はふた山ほど余って積まれているチラシを凝視する。午前の部はほとんど女子だけの舞台、お客さんが出入りするだけの数分の休憩を挟んで、今度はほとんど男子ばかりの部が始まるそうだ。その女子たちがあえてけばけばしく飾り立てた衣装のまま戻ってきたということは。
 ここって女子更衣室なのか!?
 おそるおそる低い位置で視線を動かして、なにも言ってくれない楓生の様子をうかがう。
「おつかれー、どうやった?」
「ばっちり! めっちゃうけてた!」
「楓生ちゃんの演出大成功だったわよ、あのライトがひっくり返るとこ!」
「ほんと? よかったー、うちも見に行ったらよかった」
「それよー。なんで来なかったの?」
 河音に対する配慮のはの字も感じられない。そればかりは楓生は、
「それがねー、ちょっと面白いことしよって。あれ誰かわかる?」
 なんと、そんなことを言って河音のほうを指差したのだ。ひっ、と喉から小さな声が出て、突き飛ばされるような動きで椅子を立つ。
 がたっ、という音に教室中の目が集まった。反射的に顔を上げた河音は、次の瞬間きゃーっと叫ばれて教室からあたふた逃げ出すことになる――のだと、思っていた。
 目に映ったのは、衣装を脱いで、その下の揃いのクラスTシャツと体操服のズボン姿で、女子の制服を着た河音をこれは誰だろうと見つめる女子たちだった。
「あの……」
「誰?」
「え? あれって」
「でもなんで?」
 十数名の女子のなかで、いちばんにはっきりと声を上げたのは、楓生のそばで劇の成功を語っていた背の高い女子だった。名前はたしか、三原さん。
「あー! 早瀬くんじゃん!?」
 それを聞いた女子たちは口々に、
「ほんとだあ」
「だからなんで女装?」
「えー似合う」
「誰の制服?」
「女装コン出るんじゃん?」
「かわいー」
「そういや女装喫茶行った?」
 などと好き勝手に騒ぎ出す。逃げ出すタイミングをすっかり見失った河音は、学年内でも目立つ女子グループの代表格である三原が、興味津々の面持ちでずいずいと近づいてくるのに圧されてまた椅子に掛けた。
「あの……み、三原さん?」
「楓生ちゃん!」
 河音をじっと見つめたまま、三原が高い声で楓生を呼ぶ。その目はやけに楽しそうに輝いていて、河音の不安を煽った。
「わたしも手伝っていい? まだメイクもなにもしてないのよね? 早瀬くん、いじりがいありそう!」
 河音にとっては全然嬉しくない評価に、楓生は満足そうに答える。
「もちろん! 三原さんらあに手伝うてもらえたら助かるわあ。可愛いしちゃって!」
 ああこれを狙っていたのかと、河音はようやく悟って諦めスイッチを入れた。


後編に続く