マリン編後、マリンが首に入れた陣が気になる河音と、それを気にする河音が気になる定くん 定くん視点一人称
※限りなく二次創作で限りなくBLっぽいです
マリン編後、マリンが首に入れた陣が気になる河音と、それを気にする河音が気になる定くん 定くん視点一人称
※限りなく二次創作で限りなくBLっぽいです
最近、早瀬の様子がおかしい。
そうこぼしたら、クラスのやつに「あいつが変なのって中一んときからずっとだろ」と冷たいことを言われた。まあ確かに変わったやつではあるが……今回のはそれとは違う。
6月半ばからだったろうか、早瀬は制服のボタンをぴっちり一番上まで留めていた。年中長袖で夏は腕まくり派は他にもいるが、ボタン全閉めはクラスに一人いるかいないかだ。しかもそれまでは開けてたものを突然閉めはじめるなんて、不自然にもほどがある。
もっと変なのは体操服だ。5年間、早瀬は夏でも冬でも半袖の体操服しか着てなかった。高校になってからはお下がりでもらったとかいうのを着ていて、使い古して布が薄くなってるせいもあり、冬には「見てる方が寒い!」とクラス中から不評を買っていた。だというのに、高校最後の夏を目前に、早瀬はいきなり体操服を長袖に切り替えた。そちらも首のファスナーをしっかりと上げて、ちょっとでも下がってくるとすぐに直すという徹底ぶりだ。
今も
「なあ早瀬」
「んー?」
「今日うち来ねえ?」
「なんで」
日誌の欠席者欄を斜線でつぶしながら、早瀬の左手は首元にある。
「なんでって、遊びたいからだよ」
「……今日のコレ、誰の字で書こう」
自分で質問しておいて、早瀬はオレの答えを無視した。代わりに日誌の連絡欄をシャーペンの先でコツコツやる。
「じゃあ本山先生の字」
「りょーかい」
英語の教師の名を出すと、早瀬は彼の独特に右肩下がりな字を真似て連絡事項を書き始めた。早瀬は人の字を真似するのが上手い。ノートも黒板を転写したみたいにそっくり丸写しの時がある。
「ってそうじゃなくて。うち来いよ、なあ。5面お前のやりかけで止まってんだよ。自分でクリアすんだろ」
「ええー。言ったけど、今じゃなくてよくない?」
「アイスあるけど」
早瀬が顔を上げた。オレの目を心でも読もうとしてるみたいにじっと見て、思い出したように日誌に戻って仕上げる。もう一回上向いて、おお、迷ってる迷ってる。そして結局は
「アイス食べに行く」
「そっちかよ!」
でも早瀬がうちに来たことにかわりはない。
帰ってみると家は空で、スーパーのマイカゴがなかったから母さんは買い物に出てると分かった。締め切って日差しだけ溜め込んだ部屋はぬるく、オレは真っ先に窓を開けて扇風機をつけた。
早瀬は相変わらず制服を暑そうに着こなして、そのくせ扇風機の前を陣取って首振りさえつけてくれない。見てるだけで暑いので、オレは無理せずTシャツ短パンに着替えさせてもらう。いつもなら早瀬も服を借りにくるところだが、今日は何も言わず、扇風機の風を黒いズボンの裾に呼び込んでいた。
それにツッコむのはあとにして、まずは釣り餌にしたアイスを取りに行く。種類がいくつかあったから早瀬も一緒に選びに来させた。
「どれにする?」
「どれでもいいの?」
「いいよ。オレこれにしよ」
「はやっ。えーと、えーと」
早瀬は散々迷って、なんかしつこそうなバニラ味のアイスを選んだ。オレは超あっさりな柑橘系シャーベットだ。いわゆる「いつもの」というやつである。
それぞれアイスとスプーンを手に部屋へ戻り、コタツテーブルについてフタを剥く。アイスに夢中になってるのか、早瀬は首元を気にすることを忘れているようだった。しかし、あれだけ気にしてた場所には特別変わった様子は窺えない。
オレのアイスはあっという間になくなった。暑いし、そんなにでかくもない。さっぱりしたのを選んだつもりだったけど、それでも後味は甘く、鞄から水筒を引っ張り出してお茶で流す。
「あー甘かった。お前まだ食ってんの?」
甘いもの好きの早瀬には珍しく、アイスはまだ半分以上が残っていた。表面とカップの縁から真っ白なアイスが溶けはじめている。
「なんか……思ってたのとちがくて」
「どういうことだよ」
「甘いのはいくらでも甘くていいけど、これはどっちかというと、クリーム強いっていうか、牛乳っぽいっていうか」
食ってみ、と言わんばかりに早瀬はカップを差し出してきた。仕方なく使い終えたスプーンを舐めて、一口すくわせてもらう。
「もっといいよ」
「お前な」
多めの一口にかえた。食べてみると、なるほどしつこい。鼻の奥まで牛乳に染まりそうだった。
「うへー。きついなこれ。わりとでかいし」
「それなんだよ。やっぱ定もダメかー。定、濃いのきらいだもんな」
言いつつ早瀬は、全然おいしくなさそうにスプーンの上の白い山に唇を触れ……もはや食べる気はないのだろうか。何度かためらって一口。もう一匙も、口に入れる前に舐めてみたりして。そのうちに
「うー、アイス食べてるのにあっちー」
と言って、左手が制服の首元を引っ掛けた。
「あ」
オレは思わず声を上げていたらしい。早瀬が焦りまくった顔でこっちを見て、時々見せる無駄に俊敏な動きでもって両手で首を押さえた。
アイスが乗ったままのスプーンが跳ねる。オレの手はそれを追わなかった。
「さ、だ!」
「っ、なに」
逃げるように身を引いて、半分倒れる姿勢となった早瀬の手を、オレはとっさに捕まえていた。胸倉を掴んでるみたいだけど、実際服を握りしめてるのは早瀬の方だ。自分の襟に指を突っ込んで、苦しいだろうに顎を引いて、めちゃめちゃに目が泳ぎまくっている。視線はスプーンの落ちた方だろうか、コタツの上に滑って止まった。オレはそちらを見ない。硬質な音からして、汚れたのはテーブルの上だろう。いつでも拭けば取れる。
それより、だ。
「早瀬お前、何隠してんだよ」
「!?」
決定的なことを言ってしまったんだろう。早瀬は声も出さずに身をよじって逃げようとした。だけど自分で首を押さえているせいで、うまく体が捻れない。仕方なしに制服から浮かせた両手を、オレはすかさず掴んで開いた。
「さだ、定!」
気付けば早瀬は涙目で、背中は完全にカーペットに倒れていた。やめてとは言われない。やめろ、と言われないことは薄々予想していた。ただ名前ばかりが呼ばれる。
左手を肘で押さえ、制服の一番上のボタンだけ外して襟を引っ張った。早瀬はなぜか、目をつぶる。
「…………っ」
なにもなかった。
早瀬があれほど必死になって隠そうとした首には、なんにもなかった。
「定、はなして」
「あ……ごめん」
それでも、なんにもなくても、オレが手を離して、最初座っていたところまで戻ると、早瀬はそうっと首を隠した。その仕草は自分で自分の首を絞めてるみたいで、オレがいつになく早瀬の秘密を気にしたのはそのせいかもしれないと思った。
早瀬がテーブルからスプーンを拾って、拭きもせずにほとんど溶けたアイスに突っ込む。そうしてカップに口をつけ、飲み込むように食べきってしまう。結露でふやけたカップはテーブルに戻る時にも音は立てなかった。
「ごちそうさま。ゲームやろっか」
声は震えていて、涙は確実に顎まで届いていて、けれど早瀬は何も言う気はないようで。オレはそれに――
どう答えるかは決めかねました
本編定くんは絶対こんなことしません!首のこと気になってもスプーンこかしたらスプーンキャッチします!