たすけて

時期不明 敵はクイード ルビィ視点一人称


 足下を光の輪が切りつける。足跡が弾け飛んでマントの裾を土が汚した。ずざ、と靴の踵で勢いを殺しながら反転、剣を胸の前に突きだして
「っウィンディ――」
「させるかああああッ!」
 ほとんど魔力をそのままぶつけるような突風が巻き起こり、一直線にクイードへと向かう。地面が削れて、土埃のせいで前が見えなくなる。だけど手応えで、結果は分かった。
「ちっ」
 思わず舌打ち。視界が晴れて、現れたのは無傷のクイードと、彼の前でかき消える魔力の盾。
 悔しさに歯噛みするあたしとは逆に、クイードはにんまりと口端を吊り上げて満足げに胸を張る。
「言っただろ? お前のスピードじゃオレには傷一つ付けられねえ」
「そんなの、」
「やってみなきゃ分からない、ってか? 今やってみただろーがよ!」
 クイードが右手を掲げる。魔力が集中して光輪のかたちを取り、あたしは大きく一歩後ろへ下がる。
「その程度で逃げられると思うな――よっ!」
 くるり、指にひっかけた輪が一回転して飛んでくる。稼いだ距離は、避けるためのものじゃない。欲しかったのは、ほんの少し長い、滞空時間。その間に光の輪のめがける位置を読んで、
「誰が逃げるって!?」
 魔力を込めた剣の腹で、真っ向から叩き落とす。
「くっそ!」
 とクイードは分かりやすく憤慨して二つ目、三つ目の輪を生み出した。
 ――あれを避けて、距離を詰めて、正面から一撃。
 単純ながらも一応は策を立て、相手の動きを待つ。しかし、
「こーんーどーは、絶対ぶちのめす!」
 そう言って好戦的な笑みを浮かべるクイードの手には、三つなんてものじゃない、十もの光の輪が、すべての指で回っていた。
 ひゅんひゅんひゅん、と音まで聞こえる。一斉に来たら、とにかく魔力をぶつけて防ぐことはできるだろう。けれど、この場面でそんな勝算のない手に出るわけがない。
 あたしが対応を決める前に、案の定、クイードの手からまずは三つの光輪が飛んできた。
「いっけえええ!」
「っ、だあ!」
 自分から光輪に迫り、一つ目を弾く。二つ目は右に寄って避け、三つ目を正面に捉え
「つ」
 次が来た。ぶわ、と風を立たせて巻き込んで、爆発。こちらにも爆風は襲いかかってくるが、いちおうは相殺することができた。大きく後ろへ距離――
「っ!?」
 を、取れなかった。背中が壁にぶつかった? そんなわけない。壁なんてここにはない。だからこれは、
「う、っああああ!」
 思考がまとまるより早く、速く、光の輪が腕に、足に殺到してあちこちを切り裂く。傷を中心に熱がぶわりと広がった。砂色の精霊服が血に染まる。
 あたしの背中を止めた壁が突如として消え、倒れるように尻餅をつく。
 壁は、クイードの位置指定魔法が作り出したものだった。
 剣だけはどうにか取り落とさず、それでも握っているのがいっぱいいっぱいのあたしを、ゆっくり近づいてきたクイードが見下ろす。
「はっ、天下の精霊がざまあねえな! 一人じゃなーんもできねえなんてよ」
 安っぽい挑発だ。だけどぴったり今の状況にはまった言葉は、どうしようもなく胸の内側をかきむしる。ぎり、と奥歯が音を立てた。クイードはそれにも笑む。
 あたしはふーっと深く息を吐いて、熱をはらんだ心を鎮めて、傷の痛みを飲み込むように、息を吸う。そして答える。
「そうかもね」
 否定を返さなかったあたしに、クイードはさらに愉悦の色を深めて
「ふーん、分かってんじゃん。だったらおとなしく――」
「、だから」
 うつむけた顔を、上げる。クイードはきょとんとしていた。それがおかしくてつい笑う。
 笑って、あたしは言った。
「一人じゃなんにもできないから、助けて。ユール」
「分かった」
 平らな、抑揚のない、だけど真っ直ぐ響く声。それはクイードのすぐ後ろから聞こえた。クイードがぎょっとして振り向こうとし、止まる。
「っ、て、めえ……!」
 見開いた深緑の目には、細い剣先をつきつけるユールの姿が映っていた。


2014/01/25

かっこいい「助けて」をやりたくて
QPだから、初戦だったら中1と中3、再戦だったら高1と高3かなあ