アクア視点三人称
アクア視点三人称
「遅かったな」
吐き捨てるような言い方だった。アクアはその言葉より、語気の確かさに驚く。それほどゴッドの被害は深刻に見えた。
「その脚……」
「気付くなよ」
舌打ち一つ、身を起こしているのも壁にもたれてようやっとという体であるのに、ゴッドは手を伸ばして不自然な左膝の角度を調整した。見ればその腕にも幾筋か傷が走っている。さっきから瞬きが激しいのは、前髪の貼りついた額から血が垂れてくるせいらしかった。手で拭おうとしないのは、手を持ち上げるのが億劫なのか、そもそも不可能なのか。――涙を拭くみたいで嫌だから、という理由はアクアには思いつけなかった。
「大した怪我じゃない。足止めだけくらわせて行きやがった」
足止めのつもりでこのザマだ、お前じゃもっとひどいことになる、だから止めとけ。ゴッドが言いたいのは、大方そんなところだろう。けれどアクアの解した文意は違った。
「それって、トドメをさせたのにそうしなかったってことだよな」
ルサ・イルはすべての情を断ち切った訳ではない。まだ付け入る隙はある。しかし、
「おい」
ゴッドは声も目もさらに鋭くしてアクアを睨み上げる。今にも負傷を押して掴みかかってきそうな勢いだ。
「変なこと期待してんなよ。あいつが俺に情けをかけたって確証はない。こんなところで無駄に力を使いたくなかっただけかもしれないだろ。実際、そっちの方があいつの考えそうなことだ。それに――」
す、と胸の真ん中を指差される。手、動いたんだ、と場違いな安堵が頭の片隅をよぎる。
「それに、俺には見逃すだけの余地があってもお前にはない。自分の家で育てていた木を自分の所有物として取り戻したいお前と、小作人の木も所有権は領主にあると考えているルサ・イルじゃ、利害が対立する」
「そんなの、今はどうでも良いことだろ!? 生きるか死ぬかの話になってるのに、木なんて――」
「だからお前は甘いんだよアクア!!」
とても重傷者のものとは思えない、重く荒々しい声に打たれて、アクアは肩を跳ねさせた。
「こんだけ旅して、どうしていまだにそんな視点しか持てないんだ? 一体いつまでクソガキのままでいるんだよ。自分が普通だと思ってる価値観が世界中誰にでも通じる訳ないって、まだ分からないのか? ルサ・イルは何年も木の独占だけを目標に生きてきた。あいつにとって木の権利は他の何よりも大切なものだ。それこそ、自分や他人の命よりも」
返す言葉もないアクアに、ゴッドは浅く溜め息をついて目を閉じた。瞬きでは追いやり切れなくなった血が、瞼を越えて頬を伝い、顎先まで流れ落ちる。
「お前は、あいつを変えられるのか?」
アクアは否定も肯定もしなかった。
「変わってもらわなきゃ、いけないんだ」
発案者さんにはゴッドが一番好評だったからボコった
ともすると口調や態度が本編につられる……