インフルエンザ

お題「書いたことないNL」 年上サンド ルビィ一人称 中3と高校生


 タイツにしみる風は日に日に冷たく、夕方五時には外が真っ暗になる。今年もいよいよ冬がやってきた。そんなある朝のこと。
「インフルエンザ?」
「時期から言うて、あの熱はそうやろうねえ」
 とうとうあたしたちの家にも、人間界・冬の風物詩がやってきた。
 二階から降りてきたグロウが、水銀の体温計を振りながら心配そうに言う。
「今まで誰っちゃあかからんかったに……体力落ちちょったもんやね」
「アクア忙しそうだったもんねえ」
 先月あたりから週末はいつも事務所に呼ばれて、夜も遅くまでなにか書いていた。二日前に隣の席の子がダウンしたから、大方そこからもらったんだろう。
「俺、学校休もうか?」
 ゴッドが弁当を詰める手を止めて聞く。グロウがやりかけでアクアの様子を見に行ったため引き継いだのだ。あたしは一緒に水筒の用意、ユールは部屋へ荷物を取りに上がっている。
「えいわ。さっき連絡網回ってきて、うちのクラス学級閉鎖になったき」
「中3すごいことになってんな」
 ゴッドの言うとおり、今年の中3にはインフルエンザの猛威が吹き荒れていた。二週前ぐらいからぽつぽつ欠席が出始めて、椎矢のクラスが一番につぶれ、その学級閉鎖が終わったかと思うと隣のクラスが閉鎖。椎羅も昨日熱が引いたばかりだというし、グロウのクラスも休みになったし、アクアも倒れたし。あと椎矢のクラスは昨日から二度目の学級閉鎖に入っている。
「あれ? てことは今日、一緒にお昼食べる人いないじゃん。はーあ、早くインフルエンザ終わらないかなあ」
 ちょっとさみしい事実に気づいてしまったあたしを「あんたは元気やねえ」と評して、グロウはヒュナさんを呼ぶため通信鏡へ向かう。ゴッドは何も言わず、お弁当のふたをぱちんと閉めた。

 ヒュナさんがびっくりするほど素早く駆け付けてくれて、あたしたちは安心して三人で登校した。ユールはヒュナさんにあれこれ絡まれて朝から大変そうだったけど、それはいつものことだ。
 中学と高校は下駄箱からバラバラだ。校門をくぐって熱斗と柊と別れると、そこからずーっとあたしは一人だった。
 挨拶くらいならする相手もいるけど、おしゃべりする友達というのは、椎羅と椎矢を除くとほとんどいない。河音や楓生がどう考えているかは知らないけれど、あたしには本当の話ができない人と友達になるのは難しいことだった。
 それに今日は、教室にきている人数も少なく、学年全体がしょんぼりしている。そうなると余計、みんな特に親しい人とばかり集まっていたいようだった。あたしは一人でぼーっとするだけの休み時間が暇で暇で、そういえば依川ってどうしてるかなと思って立ち上がったものの、椎矢と同じクラスだったことを思い出してまた座ったりした。
 そんなこんなでいつもより長い午前が過ぎ、昼休み。いつもなら下の階の予備教室に集まるところだけど、今日はどうしよう。とりあえず手だけ洗おうと思って、トイレへ行くことにした。そうして戻って来てみると、教室の入り口に見慣れた長身が立っていた。
「お、いたいた」
「どしたの熱斗?」
「いいから弁当取って来いよ」
 見れば熱斗の手には、一学期あたしが家庭科で縫った巾着と、水筒があった。
 お弁当、一緒に食べてくれるんだ。そう思って教室からお弁当を取ってくる。でも、どこに行くんだろう。
「どこで食べるの?」
「いつもんとこ」
 そう答えた熱斗の笑みは、素直に楽しそうだった。

 熱斗に連れられてやってきたのは、高2の階、柊の教室だった。
「柊、お待たせ。ちょっと寄り道してた」
「そうか」
 自分のクラスみたいに当たり前に、熱斗は柊の前の席に座る。あたしはその後ろをちょろちょろついて行って、熱斗の隣の椅子を後ろに向けて座った。
 よそのクラス、それも高校とあって、さすがに少し落ち着かない。あたしが小さいせいもあるけど、みんなでかいし、なぜかとても注目されている。
「あたし高校の教室初めて入ったかも」
「そうだっけ? 俺はここ毎日来てるけどな」
「そういやそんなこと言ってたね。いっつもこんななの?」
 毎日のことにしては視線が集まりすぎだと思う。女子の一部はなにかコソコソ話してるし。あたしには聞こえないけど、熱斗には聞こえてるかもよ、と教えてあげたくなる。
「柊」
 熱斗が促すみたいに言って、黙って弁当を取り出していた柊が唐突に答えた。
「いつもこうではない」
 ……そっか、あたしの言ったことへの返事だ。めずらしい。
「じゃあいつもはどうなの?」
「誰もおれたちのことは気にしない」
「何で今日はヒソヒソされてんの?」
「分からない」
「……むう」
 それ以上聞く気も起きず、弁当を広げることにする。柊と話すのは、回りくどいのに結局答えが出なくってめんどくさい。けど、あれ?
「さっきあたし、柊に聞いたわけじゃないのに柊が返事したよね」
 はっきり柊に質問しますって態度じゃないと、柊は大抵自分が聞かれてるものだと思ってくれない。なんとなく察するってことができないのだ。
 熱斗がその秘密を得意げに説明する。
「練習してんだよな」
「ああ」
 相槌! ごく自然な間合いで発せられた声に、思わず箸先がウインナーを取り落す。
「毎日やってるもんな」
「ああ。もう三年になる」
「ここでだったらかなり自然に話せるんだぜ」
「そうだな。いつもこの調子とはいかないが」
「これからどーにかすりゃいいんだよ。時間なんていくらでもあるんだから」
「そうか」
 見せつけるように熱斗が言葉を重ね、柊が一言ずつ、内容のある、けれど必ずしも言わなくてもいい程度のことを返す。雑談だ。柊が雑談してる。
「どーだ見たか? 俺たちも無意味に一緒に飯食ってた訳じゃねーんだよ」
「すごい。すごいすごい! 柊がそんなに話せるなんて思わなかった!」
 柊はそれには無反応で、熱斗に
「良かったな」
 と言われてやっと「ああ」と返した。そうしてまた静かになり、お弁当に取り掛かってしまう。
「でもさあ、何であたしとか椎羅とか、他のみんなとは普通に話せないの? 三年の付き合いなのは一緒じゃん」
 どちらに向けたかはっきりしない問いに、柊は今度は答えない。なんで? と首をかしげるあたしに、熱斗が笑って種明かしをする。
「実はちょっと仕掛けがあんだよ」
「仕掛け?」
「そ。会話なんていうのは、その都度新しいこと考えなくても、ある程度パターンでこなせるんだよ。機械とかプログラムとかで疑似会話できる、みたいなのあるだろ。それと一緒で、柊は俺と毎日話して、俺のパターン覚えただけ」
「はあ……機械とかなんとかは分かんないけど、それって、ほんとの普通の会話じゃないってこと?」
 それは、なんだか危ない気がする。椎羅は柊の、本当の気持ちを取り戻してほしいんだし。
 もやもやするあたしとは反対に、熱斗はあっさりその指摘に頷いた。
「そうだ。だからこれは、俺としかやってない。誰とでもパターンで会話するようになるのは駄目だ。だけどそれも、一応やり方を知ってるってことは役に立つ。普通に自然な会話してる中にも、パターンに乗っかってる部分はあるだろ」
「なるほど……」
 素直に感心した。よく考えたものだ。あたしなんて、柊のもどかしい返事に文句をたれることさえ面倒がってるというのに。
「あたし、熱斗が柊のとこ来てご飯食べるの、クラスの人が嫌だからかと思ってた」
「なんだよそれー。俺は柊が好きだからやってんの。苑美も明日から来るか?」
「やめとく。あたしそうやって頭使うのしんどいもん。椎羅は来たいかもしんないけど」
「ははっ。言うと思った」
「うーん、でも、椎羅は柊と楽しいおしゃべりがしたいみたいだから、やっぱこっちは熱斗に任せるよ」
 ここに椎羅が加わっても、はしゃぐだけはしゃいで練習にならなさそうだ。
 熱斗もそう思ったのか、笑いながら柊に話を振る。
「だってさ。頑張ろーな」
「分かっている」
 さっきまで黙々と食べてたくせに、柊の弁当は半分も減っていなかった。なんとなく、こんな感じで柊の会話力も上がってるんだかないんだか、分からないくらいにしか変わらないんだろうなと思った。


2013/12/10

支部で定番の~サンドってやったことない!と気付き
まあ単なる三人組になりましたね
アクアは完全に、この三人をこのシチュにそろえるための犠牲者でした