ユール誕2025

夢小説企画


 この地はほんとうに万年雪で形成されているのだと、灯香はその景色を見て実感した。
 視界の限り続く白銀の大地はどこまでも遠く、そのすべてに真っ白な空からの控えめな光が注いで世界を眩しい白に染め上げている。
 灯香にとっては薄曇りの天候は、ここでは晴れと呼ばれるらしい。雲が暗い灰色になれば曇り、雪が降っていれば雪。ほかは晴れで、雨はない。
 明るくはあっても気温そのものは凍えるほど低く、精霊服をまとっていなければ呼吸のたびに体温を失っていくはずだ。灯香は改めて、与えられた魔法の心強さに感謝した。
 それでも、
「冬山先輩、寒くないですか」
 一歩前をゆく細身の後ろ姿には、ついそんな言葉をかけてしまう。
 冬山は振り返って答えた。
「問題ない」
 日頃から透けるように白い頬は、この景色のなかではほんとうに世界に溶け込んでなくなってしまいそうだ。長い睫毛に縁取られた深い青がなければ、彼のかたちを保つために抱き締めたくなってしまうような朧さ。それに反してはっきりと通る声が言う。
「着いた」
 冬山が仰いだその先を灯香も見上げる。知らず感嘆の声が溢れた。
 そこは氷の絶壁だった。
 水の透明度を保ったままの氷が遥か彼方まで続くことにより、深海を見下ろすような濃く深い青を成す万年氷。それが地層の断面のように地上に姿を現した場所。
 写真や映像でさえ見たことのない光景に、灯香はただ息を呑んだ。
 冬山が同じものを見つめてくちを開く。
「おれはこれを魔法の基礎としている」
 灯香が持ちかけた相談――魔法を使うコツはあるか――の、冬山からの返事がこれだった。
「精霊の魔法は、魔法陣を用いず自らコントロールすることが不可欠だ。その工程は、自分の魔力の把握、魔力の具現化に向けたイメージの確立、実際の魔力操作に分けられる。魔力の把握と操作は、基本的に、持って生まれた能力を訓練によって可能な範囲まで成長させることで上達する。イメージの確立は訓練とともに、強固なイメージの基礎を持つことが重要になる。おれの魔法はイメージの基礎をそのまま魔法にしている。この氷の壁だ」
 書き物を読み上げるように滑らかに、掴みどころがないほど抑揚なく、意外に高い声が凍てつく世界に響く。雪や氷はその声を反響させることなく吸い込んで、この声を聞いているのは世界でひとり、灯香だけだと思い知らせる。
「これを基礎にしていることで、おれの魔法は割れない。なぜなら、氷の壁は割れないから」
 そうだろう、と灯香は深くうなずいた。たぶん世界が終わる日でさえ、この氷の壁はこの地にこの姿でそびえ立っている。冬山はきっと無意識の底からそう信じているし、目の前の光景にその信念を疑う余地など見いだせない。
「じゃあ、わたしは……」
 灯香は切り出した言葉の先を迷う。冬山は、待っている風情すらなくその迷いを受け入れて、ただ氷の壁を見つめている。
 氷の壁よりむしろその横顔にこそ目を奪われて、灯香は自らの魔法のよってたつところを思う。
 灯香の魔法は他の精霊を支える魔法だ。それはひどく不確かで漠然とした魔法だった。もっと強くなれるとか、気持ちが軽くなるとか、みんなは良く言ってくれるけれど、灯香自身にはどの程度、どのように役に立てているのか実感が持てない。ちゃんとわかって、そうするつもりでそうするように魔法が使えたらと思って、冬山に相談したのだ。
 そして今。灯香の胸にはひとつの思いがある。
 冬山の、きれいな姿勢で、力を抜いて、下がっている手をとる。思ったとおりに冷たく、けれどこの寒風にさらされていたにしては温かい手だった。
 それでも灯香は思う。
 このひとを温めてあげたい。
 それが灯香の魔法の芯になるべき思いだった。春がつぼみを開かせるような温かさを与えたい。心地よいぬくもりでみんなを支えたい。
「冬山先輩、わたし、わかりました!」
 冬山が手を握られたまま振り返る。遠く空を覆う雲がふいに薄くなる。真っ白な光がいっそう強さを増し、冬山の輪郭が見果てぬ雪原とまったく同じ色に溶け込んでゆく。眩しさに目を細めるように、重いまつげが羽ばたいた、一瞬。
 灯香には、その目がかすかに笑みを浮かべたように見えた。けれど、それは「いま笑いましたか?」と尋ねたら夢だったことになってしまいそうに儚いもので、
「灯香、もう帰らなくてはならない時間だ」
 そう声をかけられてしまうと、灯香はおとなしくうなずくことしかできなかった。


2025/12/28

公式ヒロインとの差別化が最も難しい回
冬山先輩って呼んでくれる女の子欲しい欲は満たされた