グロウ誕2025

夢小説企画


 魔界城下を東門から中央広場、さらに西門へとつなぐ大通り。その西から三分の一ほどを使って、大規模な雑貨市が展開されている。
 灯香は楓生と、休日の午後をその観光にあてる約束をしていた。
 季節に一度しか開かれない市は、普段の街路市とは別格の活気と人混みを擁している。灯香は休日のショッピングモールを歩くときのように、傍らの楓生と腕を組んではぐれないようにしたうえで、思う存分市の景色を眺めた。
「わあ、キレイ! あれ何?」
「照明やね。陣は一般的な照明陣やけど、カバーのほうををりぐっちゅうね」
「すごい、ねえあれは? タペストリー?」
「どっちかっちゅうたら壁紙かな。模様に見えるように魔法陣入れちゅう。あれは防音やき、楽器する人向けやない?」
「へえー。あ、あれ可愛い〜! あれは?」
「普通のぬいぐるみ。あれやったら人間界にもあるろう?」
 質問攻めの灯香に、楓生はときおりクスクスと笑いながらも全部答えてくれた。
「欲しいようなもんあった? せっかくやき、なんぞ買うて帰りや」
 歩いてきた道を振り返りながら楓生が言う。灯香はつないでないほうの手を振って遠慮した。
「でもわたし、こっちのお金持ってないし」
「えいわえ。うちなんぼじゃちあるき」
 楓生はショルダーバッグから手の込んだ刺繍入りの財布を見せた。人間界ではあまり見ないデザインだ。
「もしかして、このお財布もお高い……?」
「ふふ、買うたらそれなりかも。クルスさんにもろうたがよ」
「いいなあ、可愛い」
「じゃあ財布買おうか」
「えっ!?」
 単に褒めただけのつもりだったのに、楓生は目的を見つけたとばかりにぐいぐいと市を歩きだした。腕を組んでいる灯香は引っ張られるようについて行きながら、あたふたと否定する。
「そんなつもりで言ったんじゃ……!」
「けんどうちはそういうつもりで振ったがかもしれんで?」
「さ、財布見せたとこからぁ!?」
 灯香の遠慮を、楓生は不敵な笑みで受け流してしまう。でも、だって、となぜか言い訳めいたことばかりくちもとで縺れさせる灯香に、楓生はからりと言い放った。
「えいが、うちが買うちゃりたいが。……ちゅうか、なんぞお土産でも持たさんことには釣り合わん気がするし」
「釣り合うって何と!?」
「さあねえ、当ててみいや」
 楓生が伏せてしまうことが灯香に察し取れるわけもなく。
 灯香は本音の嬉しさを隠して、フーンと開き直った態度をとる。
「いいよ、じゃあとびっきり素敵なお財布買ってもらっちゃお!」
「えいねえ、任しちょいて。今日やったら東のほうへ革加工の店が出ちょったはずで」
「れ、レザー……」
「値段は気にせんとってよ。まあ灯香が値札見たち人間界換算は分からんか」
「ご予算くらい教えてよ!」
「そんなもん、」
 ぴたりと肩を寄せ合ったまま、人混みをかき分けるように歩く、半歩差。それをちらりと目線だけで振り返り、楓生が笑う。
「灯香と過ごせるに予算らあ設定せんちや」
 眼鏡の奥で細められた目が、ほんとうに可愛いものを可愛がる優しさのカーブをえがいていて、灯香はここまでためらう瞬間のなかった二の句を失った。もう、こんなに可愛がられたら抵抗できない。
「……ありがとう」
 なんだか敗北宣言のように響いた言葉を、楓生は足取り同様軽やかに受け止めた。
「どういたしまして!」


2025/7/29

グロウは調子狂わされなければスパダリを地で行ける女。