ゴッド誕2025

夢小説企画


 近道でたまに通る、繁華街はしっこのコンビニ前。いつからあるのか不明の路駐自転車を蹴倒してつくられた狭いスペース。それを最寄りの高校の男子生徒が囲んでさらに狭くなった場所で、灯香は立ったままできる限界まで縮こまって震えていた。見事なまでの詰みだった。
 ここのコンビニはフランチャイズで、日中は経営者の老夫婦がレジを打っている。そして、灯香の好きな、ものすごくマイナーでスーパーでは春前後に一月ほどしか並ばないいちご風味飲料をなぜか年中扱っている。だから月に二度くらいの頻度では立ち寄っていた。
 そんな店に今日も寄り道して、灯香はレジに立つ老人の不安そうな顔に気づいてしまったのだ。振り返れば店先では他校の男子数名がたむろし、一部が自転車を蹴り飛ばしているのを残りのメンツがケラケラ笑って眺めている。絵に描いたような不良グループに、老夫婦は注意をしたいけれども恐ろしくてできない様子であった。
 そこで灯香は一念発起、よく買うグミの会計を済ませるなり店を出て、
「ちょっと!」
 と言ったところまではよかったのだ。しかしその続きが出てこなかった。知らない男子の「あ?」はめちゃくちゃ怖くて灯香を一発で竦み上がらせ、気づけば倒れ伏した自転車を背に取り囲まれ、店内ではレジカウンター越しに老夫婦がさらにオロオロしている始末。
 殴られこそしていないが、灯香は絶体絶命だった。逆に殴られたら老夫婦も警察を呼んでくれるかも。そのほうが早く解放されるかも。そんな考えすら浮かんでくる。
 なにか言い返せば激昂して手が出るだろうか。そんなやけくそからくちを開いた瞬間。
「なにやってんの?」
「きゃん!?」
 出鼻を挫かれた。飛び上がって声の方を振り返る。灯香の肩口から男子の輪を覗き込むようにして、明坂が怪訝そうに立っていた。
 私服というより仕事着らしい黒いジャケット姿にコンビニの買い物をぶら下げ、絶対にこの空気を分かって割り込んできたくせに無邪気なほどのきょとん顔。灯香を囲む男子には長身も混ざっているのに、わざわざ身を屈めて上目遣い。いっそ演出臭いほどの余裕は、大人びて見えるどころか、ひとつ上の先輩を十も年上に見せた。
 かといって、二十代半ばのサラリーマンに見えるのかというとそうでもなく、フォーマルとラフのあいだにある服装も相まってか、妙に得体の知れない雰囲気で……職を当てろと言われたら、灯香ならなんと答えるだろう。特殊詐欺とか?
「明坂先輩、なんでここに……」
「顔見えたから。知り合い? じゃないよな」
 その怪しさ満点の明坂は、オバケが人間の顔を覚えようとするように男子たちひとりひとりの目を見ていく。
 全員を視線で石にしてしまうと、明坂は最後に灯香を振り返り、
「まだ用事ある?」
 男子たちではなく、灯香相手に真顔で尋ねる。灯香は頷きながらなんとか答えた。
「ない、です」
「じゃあ行くか」
 ぽん、とスクールバッグを押されて魔法が解けた。いままでの恐怖や緊張がすうっとかき消え、視界が明るく広がり、身体が軽く、手足が自由に、声は滑らかになる。
「はいっ」
 隙間なく壁になっていたように思えた男子たちのあいだも平気で抜けられた。足早な明坂に置いていかれぬよう、灯香もせかせかと歩く。最初の角も次の角も曲がって、チラリと後ろを見やった明坂がやっと足を緩めた。灯香もいつものペースに戻って、同時に気づく。普段はこんなにも灯香に合わせてくれていたのか。
「あの、助けてくれてありがとうございます」
「どうも。でも、なんであんなことになってたんだ?」
 責めるでもなく呆れるでもなく、極めてフラットな声音だった。
 灯香はぽそりぽそりと経緯を説明した。それなりに常連の店だったこと、自転車を蹴飛ばしているのを目撃したこと、老いた店主が困っていたこと。それから、
「わたし、最近みんなの、精霊の仲間に入れてもらって、世界を守るとかまだよくわからないけど、こう、精霊として品行方正でいなきゃいけないなって思ってて」
 灯香にとってはそれが最後の一押しとなって勇気を振り絞ったのだ。しかし、
「…………」
 明坂はなにやら難しい顔をしていた。なにかまずいことを言ってしまったかと、灯香は冷や汗をかく。それを横目に見やって、明坂は言葉を選ぶようにくちを開く。
「ああ、別に灯香のしたことが悪いとかじゃないから。ただなんつうか、精霊の世界を守るっていうのは、世界の存在を維持するみたいなことで、その中身は問わないっつーか……社会秩序までは守んなくていいんだよ」
「そっ、そう、なんですね。わたし、勘違いしてて……は、恥ずかしいな。ごめんなさい、まだよくわかってなくて……」
「いいよ。灯香はそうしたかったんだろ。ここは灯香の世界だし、灯香の守りたいように守ればいい」
 その言葉はなぐさめというより肯定に近かった。でも、と明坂が続ける。
「さっきみたいな危ないことはすんなよ。灯香の魔法じゃ生身の人間はどうこうできねーだろ。ひとりのときはやめとけ」
「うっ。そうですよね、ハイ」
 反省を表情で示しながら、灯香はあれ? と足を留める。ひとりのときは、ってことは、ひとりじゃないときは?
 顔を上げると、同じように立ち止まった明坂の、なんでもわかってるみたいな穏やかな顔があった。こうしていても綺麗だった。
 その背景にやたら見覚えがあって、またも灯香は遅れて気づく。いつの間にか家の前まできていた。
「すいません、送ってもらっちゃって……」
「いいんだよ、聞いとかなきゃいけないことあるし。確認だけど、さっきのあれって顔見知り? 今後も絡まれるようなやつ?」
 通り道だから、というような見え透いたウソは出てこなかった。ただ重ねて謝るような隙もなく問われて、灯香はわたわたと答える。
「いえ、初めて見たので、そんなにしょっちゅうあのコンビニに来るわけじゃないと思います。それに……」
 これも、何度も名前を呼ばれて、そのたびに胸がやわらぐ心地がして、コンビニ前を支配していた緊張感との違いを考えたときにやっと思い至ったこと。
「明坂先輩、わたしの名前呼ばないようにしてくれてましたよね。制服だから学校はわかったかもしれないけど、それしかわからないようにしてくれたんですね」
「気付いてたのか。意外とやるな」
 素直に感心してみせて、明坂はコンビニ袋を差し出した。つい受け取ったそれはずっしりとして、シルエットは縦長で、覗き込めばポップなピンク色のラベルに包まれたペットボトルが見えた。
「これって……!」
 他で聞いたことない飲料メーカーのいちごソーダ果汁ゼロは灯香の秘密のお気に入りだった。いや、秘密にした覚えはないが、誰かにオススメしたこともない。
 それをなぜ、と顔に書いていたに違いない。明坂はその瞬間だけはちゃんとひとつ上の先輩らしく笑って言った。
「店で見つけたとき、灯香のこと思い出したから」
 じゃあな、と踵を返してなんの未練もなく立ち去っていく。灯香はまた、コンビニで男子たちを呼び留めたときのように言葉に詰まった。
 後ろ姿が角にさしかかる寸前、
「あの! また明日!」
 やっとの思いではりあげた声に、明坂はほんのわずかに振り返って、そのまま見えなくなる。なんとなく、一度うなずいてくれた気がする。
 気のせいかも、と思いながらコンビニの袋から炭酸のペットボトルを取り出すと、やっぱり勘違いではないと思えた。


2025/4/14

もう誕生日要素なんもわからん企画が始動しました。
ヒロインちゃんをガチで落としにいくとしたらどうするか、真剣に悩んで定番シチュエーションにはめたらこうなった。