ゴッド誕2024

人間界にいる期間のいつということはないゴドグロ


 魔界から帰ってきてリビングへ入ったところで、台所から出てきたグロウに声を掛けられた。
「ちょっと来て」
「なに?」
「……これやお」
 近寄ると、小さな紙袋を差し出される。すぐに手を出して受け取った。
「ありがと。これなに?」
 受け取って、礼を言ってから尋ねる。この順序を、ゴッドはいつからか徹底している。
「まあ、」
 明らかに続きのある言葉をごまかして、グロウはダイニングテーブルにお茶の入ったカップを持ってきた。それをゴッドの席に置く。自分のぶんはもとからあったらしく、飲みさしのほうにくちをつけている。
 なんとなく予想をつけながら、ゴッドも自分の椅子を引いた。紙袋をテーブルにのせて折りたたんだくちを開くと、中には型抜きクッキーが何枚か、レース風のキッチンペーパーにふわりと包まれて入っていた。
 考える時間を置かずに一枚をつまみだしてくちに運ぶ。ごく普通の、甘く乾いた素朴な味。
「あ、うまい。作ったのか?」
 はあ、とグロウがこれ見よがしなため息を吐いた。
「説明する前に食べなや」
 味見してないかもしれんにとかそもそも安全か分からんもんをとかなんとかウダウダ言っているが、安堵しているのは丸わかりで、その態度にゴッドもほっとする。
 グロウがくれるものには、それがなんであるか知る前にありがとうと言う。もうだいぶ前から、ゴッドはそう決めている。
 寄せられる好意の意味合いは理解している。自分がそれに応えられないことも分かっている。それでも、グロウが与えたいと思ったものを、拒んだり撤回させてしまったりしたくはない。だからそれがなんなのか、どんな思いが籠もっているのか、判明する前にありがとうと言って、できれば取り返せない状態にしてしまって、聞くべきことがあるならあとで聞く。
 グロウは結局、物を与える本音のところは白状しないことがほとんどだから、下手に誠実ぶって受け取りを躊躇うより、とにかくちゃんともらってやるほうが満足している様子だった。
 いまも、さっきまでよりずいぶんと自然な表情になって、口角まですこし上げて、プレゼントを渡したという事実に気分を良くしている。
「椎羅がお菓子作り練習したいって言うき、クルスさんのレシピ持ってっちゃったがよ。まあまあの量あったがやけど、休みやき弟くんの友達らあが来ちょって、おやつにお裾分けしたらあっちゅう間にないなってしもうて。そればあしか残らんかったき、みんなには内緒で」
 ゴッドにしか分からない程度に、その声は高揚している。可愛いなあ、と思っていることを深く考えずにくちにしてしまえたらどんなにか楽だろう。でもゴッドが楽を取ってグロウを無闇に悩ませるのは違うから。
「グロウは? 食ったの?」
「味見やったらしたで。焼きたちのが。あちあちで、あんまり味分からんかったけんどまあ失敗はしちゃあせんろうって」
「じゃあ、はい」
 笑って言うグロウの、カップをなぞってあそばせている手元へ、クッキーを差し出す。眼鏡の奥でこがね色の瞳がぱちくりと瞬いた。
「なんで?」
「うまいから」
 与え返しても苦しくないさじ加減の好意を説明する言葉などなくて、でもばかみたいに当たり前の理由もそれ自体はほんとうだ。
「……どうも」
 グロウは受け取ったクッキーを味わって、やっと確認できた仕上がりにうんうんと頷いて納得した。その機嫌の良さと緊張の抜けた雰囲気に、ゴッドもひそかに満たされる。
 誰よりも近く、誰よりも気軽に好きだとは言ってしまえない相手に、それでもたしかに好き好んでそばにいるのだと自負してもらえるだけの積み重ねを、ひとつ。与えられるものを受け入れることで同時に受け取ってもらえるのだと、ゴッドはひそかに信じている。


2024/03/23

ゴッドはグロウのことちゃんと可愛いと思ってるんですよって話は何回でも書けるな。