意図せずして二人きりで過ごすことになってしまうゴドグロ グロウ視点三人称 高2と高3とか
意図せずして二人きりで過ごすことになってしまうゴドグロ グロウ視点三人称 高2と高3とか
夕飯の残りで朝ご飯を作って、渋々荷物をまとめたアクアの休日出勤を見送り、紙ゴミの散らかったその部屋をざっと片付け、布団をベランダいっぱいに干して、グロウは窓を閉めながらふう、とひとつ息をついた。
洗濯物は、干す場所がないから今日はパス。トイレ掃除は暇だったから昨夜してしまった。リビングは一昨日椎羅たちが遊びに来たため、いつになく片付いている。今夜のメニューは昨日リクエストされたものがあり、買い出しは済ませてある。
ルビィとユールは里帰り、アクアは仕事で魔界へ戻っている。これで、今日はもうやることがない。
ソファにぼすんと背中を沈めて、グロウは数秒天井を見つめ、
「そうや」
仕事の続きをやってしまおうと思い立って二階の自室へ向かった。
ぱたぱたぱた、とスリッパが鳴る。その音を聞いているうちに、なにかを忘れているような気になる。階段を全部上りきったとき、あっ、と思った。
物足りない自然光だけの廊下に、人影。
仕事の続きはまだできないのだった。なぜなら、グロウの整えた書類は先日この男に投げてしまっていて、そこにサインを並べて返してもらわないとグロウの仕事は始まらないから。
(そうやった。帰っちょったがや)
ゴッドはいかにも寝起きらしく、肩からずっこけそうなほど襟ぐりの伸びたTシャツの、指が隠れるほど垂れてきた袖で目元をこする。昨夜見送ったときのジャケット姿とは打って変わって、いまは油断と隙しかない。
「まじで疲れた。いろいろ土産持たされたけど、見直してないから今度にしてくれ」
おはようもなにもなく、いきなり用件を伝えられる。が、それは二人のあいだでは特別なことではない。会って、顔を見て、そうすれば互いの無事は分かる。だから挨拶を交わす必要はない。約束事が必要なのは、見送るときだけだ。
「かまんけど、え、あんた今日休み?」
「お前が休みにしたんだろ」
グロウの横を通り抜けて、ゴッドはあくびを噛みながら階段を降りていく。その背を見下ろしながら、グロウは思わず顔を引きつらせた。
(今日、もしかして、ふたり?)
ほんとうならそこで喜べばいいのに。たとえば椎羅なら、ユールと二人きりで過ごせるとなったら誰が見てもわかるくらいはしゃいで、笑顔で、と、そこまで考えて思考が止まる。二人きり。そうか、そうなのか。
窓を開けて叫びたいような気持ちだったけれど、そんなことをしたら即気づかれてしまう。仕方なくグロウは、もう用のない自室へ一度入って、散らかってもいない手帳類を無意味に棚から抜き差しして、それからリビングへ戻った。
ゴッドはキッチンで水を飲んでいた。ひとり一個用意されているマグカップの底を水滴が伝う。グロウは努めて気負わない足取りで、キッチンカウンターを回り込んだ。
「もう昼やお。ご飯してえい?」
時刻はすでに十一時を回っている。いつもどおり六時には起きていたグロウは、午前中働きづめてすでに昼食を取るにはいい具合だ。ゴッドも別に、寝起きだから食べられないという体質ではない。
「作んの?」
グロウと入れ替わりにキッチンを出て、ゴッドはテーブルにコップを置いた。そのままなんとなく決まっている自分の席の椅子を引き、グロウに背を向けて腰を掛ける。椅子の上に行儀悪く右足を引っ張り上げてテレビのリモコンに手を伸ばし、持ち上げることはせずに、長い指が電源ボタンを押し込んだ。
「そうよ。ありもんやけど」
グロウはその動作を見るともなく眺め、きっとこの視線の動きすべてをあの背中は感じ取っているのだと気づいて、ふいと目をそらした。リビングの向こうから聞こえてくる毒にも薬にもならないような食レポに背を向ける。昨夜から保温モードにしてあった炊飯器のなかを確認して、冷蔵庫から使いさしの野菜を適当に取り上げる。
「昨日さ、客んとこ行く前に見舞い行ってきたんだよ」
そう話しかけられて、グロウはまな板から目線を上げた。ゴッドは先ほどと同じ姿勢のままこちらを向いてテーブルに肘を突いていた。テレビはちかちかと色とりどりの光を散らしているが、ダイニングまでは届かない。自分でつけたくせに見ないのか、とグロウは思う。
「誰の」
手元に目を戻して訊いたが、見当はつく。グロウとゴッドの共通の知り合いで、現在ゴッドに見舞われるような状態にある人物などひとりしかいなかった。
案の定、ゴッドは父の代からの取引先会長の名を出して、
「お前によろしくってさ。脚は相当悪いみたいだけど、頭は思ったより全然はっきりしてた。なんだっけあのカード、ちっさいころお前とやってたじゃん、グロウ以外相手になるやつがいなくてつまらん、だって」
そう言って、マグカップの水にくちをつける。グロウは目の端に入れていたその姿を締め出して、包丁の腹に貼りついた玉葱を指で落とした。
「あんたが相手しちゃりや」
「俺じゃとてもとても。飲みの席で何回かやったけど、あのじーさんマジで強いぜ?」
「そうかねえ。うちは二回ばあ勝ち越しちゅうと思うけんど」
「だからそのレベルのがお前だけなんだろ。俺は接待プレイ専門なんで」
「ふうん。まあそれも役割分担よ。来月には行けそうなけど、まだそのころ入院しちゅうでね」
「たぶんな。当分帰る気なさそうだった」
「そう。またうちから連絡取ってみるわ」
旧知の顔を思い浮かべながら、グロウは切った野菜を炒めにかかる。適当に混ぜて火力を見たら、冷蔵庫へ向かい、卵を取り出す。小皿に割って、ゴミや血が混じってないことを確認して溶く。
その作業に思考はほとんど伴わない。手を動かしているのはただの慣れだ。だから注意の半分くらいは背中のほうへ向いていたし、ゴッドがさっきとはまるで違う声音で次の話をし始めたのにも驚かなかった。
「あと昨日の客だけどさ。書類は今度つったけど、金額的に着手金いりそう。じーさんの見舞いより先にそっちの受け取り頼むわ」
グロウはその、いかにも業務連絡らしい温度の低い言葉を、はいはいと受けてこっそり微笑む。父に連れられて何度も通った取引先と、日々新規に獲得してくる客と、グロウに報告するときでさえ明確に線引きがされているのが妙におかしい。
ああでも、仕事の話ばかりだ。そう思って、グロウは用意していた続きの言葉を飲み込んだ。当然会話は途切れる。けれどそれも自然な流れだ。
ゴッドも連絡事項はそれ以上ないようで、テレビの中のキッチンスタジオから響く、料理下手な女子たちのかしましい声だけがリビングからキッチンまでを満たす。どうやら彼女らは麻婆豆腐の作り方に頭を悩ませているようだった。
ゴッドはいちおうそちらへ顔を向けてはいたが、見ているのかは定かではない。ただ、絹ごし豆腐と木綿豆腐の違いは耳に入っていても、その解説に感心してみせる女性陣の顔はまったく記憶されていないだろうことはよく分かった。グロウなら気に入らないテレビはすぐに消してしまいたいが、ゴッドは意識のうちから締め出して事を足らせてしまえるタイプだ。
でも、みんながいるときなら音量ぐらいは下げただろう。
断片的に聞こえてくる麻婆豆腐で失敗しないコツより、背後で動く様子のない気配のほうがグロウの意識を吸い寄せる。いくら火にかけたフライパンと換気扇の音があっても、テレビからのはしゃいだ声がなくなっては静かになりすぎると、先にそう感じたのはたぶんグロウだ。ゴッドはそれを汲んだだけ。女子たちはグロウが気まずくならないために音量18で水溶き片栗粉のダマと格闘している。
でも、そんな気遣いをしてくれるということは、彼も少しはこの気まずさを感じているのだろうか。訳もなくふたりで過ごす何事もない時間を、特別に意識するものがあるのだろうか。
なんて、バカな期待だ。そう自嘲する思いと、それでも消え残る期待を込めて、いつの間にかフライパンの中に出来上がっていたチャーハンっぽいものを皿に移す。
グロウの料理はクルスのような愛情たっぷりの手料理ではない。管理部門、総務担当の生活維持業務だ。冷蔵庫管理の都合上、今日使える、使っておくべき食材でそれらしい料理の形に仕上げられればそれでよい。
「できた」
簡潔な宣言とともにカウンターに皿を出すと、椅子を離れたゴッドが食卓に運んでいく。グロウは黙って冷蔵庫のペットボトルから新しいコップにお茶を注ぎ、それもゴッドが持っていくに任せる。自分はスプーンを二本握ってカウンターを回り込んだ。
ゴッドとは角を挟んで隣、正面を向いたままテレビを見られる位置がグロウの席だ。もちろんこの位置を取ったのはテレビのためではなく、キッチンが近いためだ。ただ、テレビに気を取られると手元がおろそかになりがちなルビィとアクアは画面に背を向けさせている。
「ご苦労様です」
「どうも」
ゴッドの分のスプーンは、そのへんに置いてしまってもよかったけれど、先に手が出てきたので手渡しになった。それがいいとか悪いとか、もはやグロウにはそのへんを評価するだけの感性がなくなっている。
少女めいた憧れは、きっと人並みよりわずかに多めな質だと思う。椎羅の一喜一憂するポイントもたいてい共感できる。けれど、こうしてゴッド本人を目の前にすると、途端に具体的な夢想は霧が晴れるように消えてしまって、自分の望んでいることはなんなのかすら分からなくなってしまうのだった。
指でも触れていればなにか違ったろうか。そんなことを思いつつ、最初のひとさじをくちにする。作りながら味見をしていなかったからこれが事実上の味見だ。
「ちょっと薄いかも」
言って顔を上げたときには、ゴッドもすでにくちを動かしていて、
「そうか? こんなもんじゃね」
いつもと同じようなコメントをくれた。ゴッドがグロウよりは薄味が好みなのは知っているが、同時に食べ物の味にそれほど興味がないことも知っている。グロウの料理の腕は幼い頃から安定しているし、出来映えに文句を言われたことは、そういえば一度もなかった。
炒めて水気の減った米の山は、スプーンの先で軽くつついただけで崩れる。グロウはそれをもくもくとすくってはくちへと運んだ。
仕事の報告、料理の出来、確認すべきことはすべて確認した。しゃべることが思いつかないのだ。
椎羅だったら黙って相手の横顔を見つめているであろう場面。けれどグロウにそれはできない。グロウの性格の問題ではない。相手だ、相手が問題なのだ。相手がユールならそれくらいなんともない。だって気にしないから。アクアでも大丈夫だろう。アクアは自分に注がれる視線を処理しない。処理できないからだ。でもゴッドは違う。グロウがそんな、わかりやすく意味のある態度をとったら、それはたちまち適切に対処され始末をつけられてしまうだろう。
グロウがこんなに気を張っていなくてはならないのは、ひとえに――
「今日さあ」
意識の外から声をかけられてはっとした。
「なに?」
食卓を共にしている唯一の相手を意識から締め出していたなんてことおくびにも出さず、グロウは一瞥をゴッドに向ける。
「みんなどこ行ってんの?」
「どこって……あ。あんた昨日の夜からおらんかったがや」
「忘れたのかよ。俺が出る前は誰も用事なかったはずだけど」
「そうそう。アクアは事務所から急にヘルプ入ってね」
同居人たちの出かけた用件を伝えながら、グロウはふと気づいた。グロウはゴッドが帰ってくることを、いっときとはいえ忘れていて、ふたりきりになったときには戸惑った。ゴッドもこうなることを知らずに帰ってきたのなら、やっぱりなにか、思うところあるんじゃないだろうか。それとも恋する者の欲目だろうか。
……恋。恋、それを意識して生きることの、なんと面倒なことか。この恋さえなければ、この恋を守る必要さえなくなってしまえば、ゴッドとの間の無益な緊張などすぐに取っ払ってしまえるのに。
「あいつらもたいへんだな」
ただの相槌でしかない感想を聞きつつ、グロウはつい泳がせてしまいそうな目線を、ぐっとこらえてスプーンの先に落ち着ける。その矢先、ゴッドの視線の先がグロウに定まった。
「グロウは?」
ああ、好きだ、と、グロウはそう思ってしまう。みんなの用事を説明し終えて、おまえは? と聞かれる予測はしていたのに、同じ問いで名前を呼ばれただけでもうだめだ。
「アクアの部屋ちょっと片付けて、先週干せんかった分の布団干して……」
いつも通りの声でそう答えながら、心の底は震えている。惚れた弱みとはよく言ったものだ。こんなしょうもないことで自分の気持ちを思い知らされる。自分と向き合うことほど厄介なこともない。それをたったひとつの言葉、表情、仕草で不意に突きつけられる。
コップに手を伸ばすついでに目を上げると、ごく自然に目が合った。さすがに、このくらいで固まってしまうグロウではない。
「あんたが昨日の仕事チェックして回いてくれたら、うちも動けるがやけんどね」
憎まれ口だってこのとおり、いつもの温度でたたいてみせる。ゴッドはそれに、こちらも普段通り、
「俺は今日休みだって。決めたのお前だろ」
グロウが待ち構えている、ちょうどの言葉で返してくれる。打てば響く、そのやり取りはなじみ深く、素直に居心地が良い。
「そうでした。でもしもうたね、先週休みにしちょっちゃったらみんなおったに」
「それもお前の調整だろ。あ、先週のは客の都合か。まあ休み合わせなくても、あいつらは毎日一緒にいるんだし、別に用事もないし」
「さみしいやったらそう言いや。というか、あんたルビィに今日空けちょってって言われやせんかった? 用事あったがやない?」
「忘れてんだろーなあ。今日はクルスさんから呼んだんだろ。そうなったら誰も敵わねえよ」
「なんか思い出してきた。うちその約束しゆうが聞いてあんたの休み決めたがよ。用件なんやったが?」
「当日発表だったからわかんねー。たいしたことじゃなさそうだし、思い出したらまた言ってくんだろ」
「ルビィにはようあるパターンやね」
「そうそう。いちおう帰ってきたら聞いてみるか」
気持ちの乱高下を落ち着けるように、グロウは積極的に話を続けた。そしてふとゴッドの前の皿に目をやって、違和感を覚える。その正体は自分の皿を見下ろしたときに判明した。
「あんたそんなに食べるが遅かった?」
グロウの食事はほとんど終わりかけている。それに対して、ゴッドの皿にはまだ半分以上も残っていた。ご飯も野菜も、それぞれ炊飯器と冷蔵庫にあっただけしか使っていないから、グロウより多めによそったとはいえ普通の一人前はなかったはずだ。それにグロウと同じで会話が食事の支障になる質ではない。もちろん適当にやった味付けが大失敗しているわけでもない。
怪訝な顔のグロウに、ゴッドは言われて初めて気がついたといった様子で、
「そうか、なんかついいつもの感じで」
そう言って、目をそらす言い訳みたいに野菜だけすくったスプーンをくわえる。
「いつもの?」
グロウは追いかけるようにその顔を覗きこんで問う。ゴッドはちょっと笑って答えた。
「ほら、学校あるときユールと昼飯食ってるだろ。だいたいおんなしかちょっと早いぐらいにペース合わせてんの。先に食い終わって俺だけしゃべってても意味ねーから」
そんなことをしているとは知らなかった。けれどその様子は容易に想像できる。当初のユールは食事中に話しかけられると食器を置いていた。そのうちに食べる合間に受け答えすることを覚えたようだったが、あれはゴッドが教えたのか。
心温まるエピソード。でもそれを知らされていなかったことが喉を突いた。
「知らんかった」
声音がかすかにきつくなる。ゴッドは、けれどそれをいつものグロウらしいきつさとだけ受け取ったようだった。
「お前に気づかれてないってことは、かなり自然だったってことだ」
やったな、と、ここにはいない相手との成果を喜んでいる、その笑みには羨ましいほど屈託がない。
羨ましくて、つい口調が尖った。
「……ユールは自然かもしれんけど、あんたがそれにつられてちんたら食べよったら世話ないわ」
あてつけがましく自分のスプーンに大きめのひとくちをすくう。それをしっかり口におさめたグロウに、ゴッドは意外な返事を寄越した。
「別にいいだろ、っつーか仕方ないだろ、おまえしかいないんだから」
噎せるかと思った。
詰め込みすぎた口元を隠すていで、顔の下半分を手で覆い、ゴッドの様子をうかがう。たぶんゴッドは、早く食器を片したいからさっさと食えと言われたと解釈したのだろう。もくもくとスプーンを運ぶ動きは先ほどまでよりは早い。けれど急いでいるようにも思えないのは、グロウがけっして不機嫌ではないことも察しているからか。
よれたTシャツはやっぱり肩近くまで開いていて、ゴッドはそれを引っ張り上げることはせず、手にかぶさってくる袖をまくってそれまでにしていた。ズボンの腰の紐も締まってなくて、左の腿を越えて垂れ下がっている。水のコップを取りかけた手が、ふと立ち止まってグロウの入れたお茶のコップを持ち上げる。
なんのことはない、一分の隙もなく仕事をしてきたゴッドは、グロウしかいない家ですべての緊張を解いているのだ。
そう気づくとなんだかちからが抜けた。ごくん、と詰め込みすぎたご飯をしっかり飲み込むと、手の下で口元が緩む。
「なに? 機嫌よさそーだな」
こんなに気を抜いているくせに、ゴッドは目聡い。よう見ちゅうね、と言ってやろうかと思ってやめた。その答えに甘い期待を寄せるほどの夢見心地はないし、試されたみたいに正解を探すゴッドも見たくない。
代わりにグロウはつけっぱなしのテレビを示した。
「あれ」
「あ? 映画?」
いつの間にか先ほどの情報番組は終わり、洋画のオープニングが始まっている。映画館にかかっていたときは、椎矢が主演俳優を好きだというのでいつもの四人で見に行った。人間関係の複雑なサスペンスで、ルビィはついていけずに途中から寝ていて椎矢に怒られていたのを覚えている。
「好きなの? めずらし」
たしかにグロウは普段、架空の物語に興味を示さない。この映画を見ているときも、ストーリーや登場人物の関係に浸るようなことはなく、作中でいくつも起きる事件の犯人を当ててやろうと思考をめぐらせていた。
その最中にふと思ったのだ。ゴッドならどこまで当てられるだろう。そう思うと俄然やる気になって、ほんとうに珍しく、推理目的ではあるがのめりこんで鑑賞した。あのときの自分の記録と、ここはひとつ勝負をさせてみたい。
「前に椎羅らあと見に行った推理もん。あんたも暇ながやお。犯人当ててみてや」
「えー、俺こういうの苦手なんだけど。どこでどの情報出すか、作った側の勝手じゃん」
「やらんが?」
強めに言うと、ゴッドはテレビとグロウを順に見て、
「やる」
グロウが雑に作った料理の残りを雑にかき込んだ。
「最初の五分ばあはなんちゃあ本筋に関係ないき、ちゃっと片付けるわ」
言いながら、グロウは空いたばかりの皿をさっさと引き上げる。使い終えたスプーンを受け取ろうと手を伸ばして、勢い余ってゴッドの指ごと銀色の柄を握った。
当たり前に平熱の温度の指はするりと下がって、手のなかにはそれより少しぬるい、でもずっと握りしめられてぬくもったスプーンが残る。
自分でも意外なほど驚かなかった。ただ、久しぶりだなと思った。ずいぶん長いこと、触れないことのほうが自然なように思っていた。けれどほんとうはどうだろう。そんなことなにも考えないほうが自然だったのではないか。
椅子を立ち、流しへ向かい、皿と受け取ったスプーンを洗い桶におろす。水道を開けようとしたところで、
「やっぱりあとにしょ」
グロウはきっぱり、聞かせるほどに言った。そのまま踵を返してダイニングを抜け、ゴッドが振り向くのも気にせずリビングのソファにかけた。
「……片付けやろっか?」
探るように言われるのがおかしくて笑ってしまう。グロウは振り返ることなく、ソファの隣を叩いた。
「えいが。別に急ぐにようばんし。それより早うきいや」
ソファにはじゅうぶんな空間を空けてある。ゴッドは多分、ぴったり真横には座らないだろうし、手の届かない端っこにも座らないだろう。怪訝そうにソファを回り込んでくるゴッドの選んだ距離こそが、きっとグロウの見失った適切な距離なのだろうと、このときは妙に素直にそう思えた。
魔界に「いただきます」「ごちそうさま」文化はあるのか? と思い、ない説を採用した回