定くんとショッピングモール

高一 定くん一人称


 今日はテスト期間最終日だ。
 学校は11時を待たずに2時間で終わり、ごほうびとして掃除はなしとなる。要するに、遊べる日だ。
 そんなわけで、短いホームルームのあと、オレは早瀬をチャリの後ろに乗っけて駅まで突っ走り、隣町の郊外へ向かうバスに乗り込んだ。
「昼飯何にする? オレ、マック」
「うどん」
「えー? 早瀬、それはねーよ」
「そう? じゃあ蕎麦」
「やめとけ。お前ミスドにしろよ」
 そんなことを言いつつ、オレたちはショッピングモール前でバスを降り、真っ先に人波うごめくフードコートへ突入した。
 オレは宣言通りマック、早瀬は本当にミスドでドーナツを買ってきて、六人がけの席の端っこに座る。
「お前……ほんとにミスドにしたのか」
「うん。甘いもの好きだし、ちゃんとお腹はるし」
 やっぱり早瀬は変わってる。コーラをすすりながらオレは思わず一人でうなずくのだった。
「お?」
「ん?」
 早瀬の向こう、3つ奥のテーブルに知った顔が見えた。キレイにパーマをあてた茶髪と、短い制服のスカート、明るい顔にエロい唇。
「あれ、戸田じゃね?」
「え、どこ?」
「うしろ。黄色のテーブルの」
「あーほんとだ。定、よく気付いたな」
 早瀬がクリームをほおばって感心する。でもあれは誰だって気付くだろう。
「気付くのが普通なんだよ。戸田、めっちゃ美人じゃん。あとエロそう」
「……」
「おいこら、無言で引くな!」
 トレイごとオレから離れようとする早瀬を押し止める。早瀬は粉砂糖まみれの手でオレを指差し、
「品が、ない」
 と断罪の一言を放った。負けじとストローの先を早瀬に向けて言い返す。
「お前は欲が、ない。早瀬はヘンで、オレは正常。オレがノーマルでそっちは例外なんだよ」
 早瀬はちょっと面食らって押し黙り、ちらっと後ろ、おそらくは戸田を見てオレに視線を戻す。そうしてためらうみたいな上目遣いで何を言うかと思えば
「戸田さんのこと好きなのか?」
「はあ?」
 あまりに突拍子のない発言に、オレはぽかんと口を開けた。早瀬はなおもおずおずと
「……違うの?」
「ちげえよ! 戸田は目の保養。ハデだけどけっこう前から彼氏いるし。お前、何真に受けちゃってんだよ」
 早瀬は返事をせず、目を見開いてカフェオレに口をつける。その様子を見ていたオレは、ふと早瀬に聞きたくなった。
「なあ、早瀬は好きな女子いるのか?」
「っ!?」
「うわっ!!」
 コップが傾き、危うくぶちまけられそうになったカフェオレが水滴を飛ばす。早瀬の手がすんでのところで紙コップを支え、オレはその肘に押しやられそうだったトレイを取り上げた。
「び、びっくりした……」
「それはこっちのセリフだよ。何でそんなに焦って……あ!」
 分かった。こんだけ焦るってことはつまり、
「いるんだろ、好きな子」
 早瀬がかたまった。呆れるほど分かりやすい。しかもしばらく黙っているとゆっくりとうなずく。
「誰だよ」
 問いながら候補を考える。うちのクラスでカワイイのは牧野と西と、あと宮田に戸田くらいか。早瀬と付き合いのある女子は江藤の双子と天花と夏越……この中なら江藤妹とか?
 しかしオレの予想は外れた。早瀬はごく小さな声で
「苑美」
 と言ったのだった。
「苑美って、天花? あの小学生?」
「小学生じゃないって!」
「いーや小学生だろ。オレより頭悪いし胸ぺったんこだし。顔はまあ、かわいくないと言えばウソになるけど」
「そ、そういうとこじゃなくて!」
「はいはい。で、早瀬は天花のどこが好きなの? それかオレの知らないとこで何かあった?」
 また早瀬はかたまる。顔はとっくに真っ赤だ。半分になったドーナツが手の中でぺちゃんこになっている。早瀬はそのぺちゃんこドーナツを見もせずにかじって飲み込む。
「苑美は、かっこいいから」
「かっこいい?」
「強いし、怖がらないし、やると言ったらやるし、ぶれないし逃げないし。それに、そんなことができるのに、おれのすることほめてくれるし」
 早瀬が照れながら語る印象は、どれもオレの中にはないものだった。オレにとって天花は、ちっちゃくて女っぽくなくて勉強嫌いでただただ明るくて、なんか小学生な女子だった。
 そんな認識の隔たりに感心して、つい素直な感想が口をつく。
「よく見てんなあ」
 一瞬にして早瀬は耳まで赤くなり、ドーナツはついに握りつぶされた。
「そ、ういうんじゃなくて……おれが見てるっていうより苑美が見せてるっていうか、苑美はかっこつけたがりだし!」
「ふーん、あいつそんなとこあるんだ」
 部活もしてないしクラスの中心にいるわけでもない天花を、かっこつけたがりだと思ったことはない。学校では、どっちかというとオレと同じような情けないシーンのほうが目に付いていた。テスト前はいつも泣き言ばっかりだし。
 でも早瀬には、そんなふうに見えてたのか。そこには少し感慨深いものがあるが、しかし。
「……それ何か、おかしくね?」
「へっ?」
「だってさ、かっこいいってお前、相手女子だろ? 普通はもっと、かわいいだの優しいだの気が利くだの、あるだろそういうの」
「そ、そうなのか?」
「そうだよ! 何かねーの?」
「えっと……」
 早瀬は真剣に悩み始める。考えなきゃ出てこない時点で普段から女子らしい魅力は感じてないってことだろう、とはたとえ事実でも言えなかった。
 こりゃあ前途多難だな、と思いつつ、オレは早瀬への全面協力を決めたのだった。


2012/04/23

しかし定くんの協力など必要とせずできあがっていくカップル……

アナログで書いてたものをサルベージ。河定はそんなにいまと変わらない