1000年後かもしれない 本編・子世代ではない アクア(アルサ)と空也 空也三人称
1000年後かもしれない 本編・子世代ではない アクア(アルサ)と空也 空也三人称
ぱり、と乾いた音を立ててページが割れた。本から切り離されてしまった紙を窓に掲げると、裏面の字がくっきりと浮かび上がった。
「アクアくん、見てよ」
「いいの? それ」
空也の誘いを丸きり無視してアクアが問う。小机にへばりついて陣を書きながら、顔を上げさえしない。空也は同じことを繰り返しはせず、ページを元の位置に置いてみる。
くっつく訳もなかった。
「いいよ別に。こっちの箱は、もう処分品だから」
封印の間は少し早いストーブの温もりに包まれている。外の透き通るような秋晴れも遠くなるほどの澱みの中、空也は窓枠に背を預けて本を閉じた。手慰みにいじっただけで背表紙が半分剥げたそれを、傍らの木箱に放り込む。
彼の足元には、木で組んだちゃちな小机があった。高さは大人の膝ほどもないが、ルサ・イルには気にならないらしい。ずっと、机の脚を一本、腿に挟んで抱き着くような姿勢で鉛筆を動かしている。ストーブに火を入れたのは彼だ。地べたに座ると寒いから、と言っていたが、空也にはこの集中ぶりなら寒さも分からないように思える。
鉛筆は、机に転がしてあるものも含めて、全て芯を針のように細く削られていた。その針が、黄ばんだ紙に埋まっていくみたいに短くなる。
「何書いてるの」
覗き込むと、空也にとっては馴染み深い魔法陣が半分ほど出来かかっていた。
「封印?」
「管理人さんに頼まれたんだ」
「ああ」
合点がいった。城は今、冬支度と大掃除の時期だ。この木箱もその過程で出てきた。
「管理人さんと会った?」
「うん。美人だった」
アルサは手を止めず、さらりと答える。今の管理人は女性だ。堕天であるということは、初代からずっと変わらない。
「彼女、結婚してるよ。旦那さん冥界軍だって」
「よく働くね」
「戦時中だからね。今日は休戦日だけど」
魔界において、既婚女性が外へ勤めに出るのは一般的でない。しかし、度々天冥大戦を行っている天界・冥界では戦わない者は稼ぐ者とされるらしい。
赴任の日に彼女から教わったことを思い出しつつ、空也はアクアの前へにじり寄った。
「なに」
アクアが紙面を見つめたまま、息のような声で聞く。
「そこにいたら、影が差す」
「いいでしょ。君には単なるお仕事でも、僕にはそこそこ思い出の陣なんだから」
なめらかに続いていた線が、ふっとつっかえた。器用に使っていたのだろう、未だ尖ったままの鉛筆が紙を名残惜しげに離れる。ルサ・イルは視線を上げず、目を伏せて緩やかな笑みを口の端に乗せる。
「どうしてそんなひどいこと言うの」
耳朶を震わす甘い声。ストーブの熱を貫く冷たい声。
「ひどいのは君の方だよ」
空也はアルサの手から鉛筆を抜き取ってくるくると回した。四回目で中指が鉛筆の先を跳ね上げ、細いシルエットが日の当たる床を打った。
ルサ・イルがようやく顔を上げる。冴え冴えとした水色の双眸が、精霊としては控え目な、それでも空也にとっては底知れない力を湛えて日陰に輝く。
いいなあ、あれ。久しく忘れていた、子供じみた素直な欲求が胸中に沸いた。しかしその思いもかつてほど強くはない。手を伸ばすこともなく、空也は言葉を続ける。
「そんな風に、死んだみたいに生きてるの、そろそろ止め時なんじゃない? 外でどうしてるか知らないけど、ここに来る時の君、いつも消えそうだよ」
アルサは、そっか、と息をついた。
「今も?」
「うん」
薄い笑みで尋ねるアルサに、空也は明確に頷いて見せる。再度「そっか」と相槌を打つ唇を、黒鉛の粉に汚れた指先が横切った。強く光る水色が、顔をうつむけたせいで睫毛と瞼の陰に隠れる。
こうやって、いつか消えてしまうなら、その前に自分があの輝きをもたらす力を手に入れたいものだ、と、空也はあくなき夢想に思いを馳せた。
ダースの日
夏目漱石の随筆風小説読んでたらこうなった
ふわふわ雰囲気文章、にあほもな気がしなくもない
書き手は楽しかったけど楽しそう?