雨の日のゴドグロ グロウ視点三人称 中3と高1
雨の日のゴドグロ グロウ視点三人称 中3と高1
天気予報が当たった。朝からどんよりしていた空は昼を境にはっきりと暗さを増して、放課後を待たずに本降りが始まった。
長引いたホームルームの後、楓生はひとり、高校側の昇降口に立っていた。通り過ぎていく上級生は、さすがに知らない顔がほとんどだ。
その中をよく知った人物がすり抜けてくる。彼はげた箱にもたれる楓生を目にすると、露骨に怪訝そうな顔をした。
「何やってんだ?」
「傘入れて」
お願い、のつもりで片手を顔の前へ立てる。熱斗はそれを見て、外に目をやって、
「持ってけっつったのお前だよな。てか朝持ってなかったか?」
「椎羅と椎矢に貸いたがよ。あの子ら電車の時間あるき」
「苑美と河音は」
「先帰っちょった」
「ふーん。めずらし」
素直な感想としてそう言って、熱斗が傘立ての傘を取って開く。
「どうぞ」
「どうも」
久しぶりに二人、同じ傘で歩きだした。
熱斗の傘は楓生が買ってきたものだ。安売りしている中で一番大きいものを、という基準で選んだと記憶している。河音のはにわか雨に遭って適当に買ったもので、楓生と苑美のは江藤姉妹と遊びに行った時に一緒に選んだ。柊の傘はその時に椎羅が買ったプレゼントだった。
校門を出ていくとりどりの傘を眺めながら、楓生はそんなことを思い返す。紺色の傘の下はぼんやりと青っぽく、雨粒の音でやかましい。
それから
「熱斗、肩濡れゆうがやけど」
「え? わり」
そっと傘が後ろに傾き、背後に大きなしずくをこぼす。熱斗はそれが滴りきるのを待って、楓生のほうに傘を傾げた。
「今度はこっちが濡れんだけど」
言いつつカバンを内側へ持ち直す。楓生はからだの前にスクールバッグを抱えて、ちょっと右へ詰める。
「横並びやったらこれが限界やね」
「この角度きっつ。お前途中で替われよ」
「そっちのほうがきついやん。あんたが背え伸びすぎたががいかんがよね」
軽く20センチは上で熱斗がため息をつく。「いつまで伸びんのかなー」と贅沢にぼやく足下は、学校を出て何分も経ってないのにもう濡れていた。
意識して見上げてみると、かなり引き離されたと思う。出会った頃からずっと楓生のほうが小さかったが、見上げる角度は年々増している。この仕草がちょっと新鮮に思えるのは、最近こんな距離に立っていなかったせいだろうか。
小さい頃はよく一つの傘で事を足らせていた。ゴッドを一人で外へやるようになってからも、雨が降るとグロウは傘を差して迎えにいったものだ。今では雨が降ろうが雪が降ろうが、黙って一人で帰ってくる。
それは楽だし、それっぽちをさみしいと思うほど離れてはいない。でもなんだか、もったいないなあと思った。
歩道のない住宅地の道を、水たまりを避けながら歩く。水っぽい足音と雨音ばかりがあたりを満たして、用もないのに一緒に帰るとしゃべることがないのに気づいた。
だいたい熱斗と話すのは疲れるのだ。自分が勝手にやっていることではあるけれど、つい何か、膠着した関係を揺るがすきっかけを引き出そうとしてしまって。最近はその徒労感が嫌になって、気づけば熱斗との会話は用件ありきになってしまっている。
「今日、なんかあった?」
そう考えて絞り出した言葉は、どこも的を射ない質問だった。
当然熱斗は「なんかって?」と返す。
「学校で。あんたクラスでどんなしゆうか、あんまり知らんし」
「お前があんま知らないとか言ってもぜんぜん説得力ねーな」
あ、笑った。と、こんな適当なことでも良かったんだとほっとする。楓生が妙な思惑を見せなければ、言質の取り合いみたいなことにはならないのだ。
「クラスで、なあ。この時期なんもねーけど。担任がやたら高校生になったんだからーって連発してるくらい」
「そうや、高校からの編入あるろ? 一クラス分ばあ増えたがやない?」
「一クラスに五人ちょっと増えたかな。でも俺、昼休みも柊んとこでほぼ関係ないからな」
「あんたのそれ、どう思われちゅうがやろうね」
「さあ? 俺の見た感じでは、変だし理由も分かんないけど慣れたってとこ?」
「確かに、勝手に想像したところで納得いく理由は思いつかんろうねえ」
傘の縁からぽろぽろと、雨の滴がこぼれて落ちる。肩にはつかなかったけれど、スカートの裾がぽつぽつと濡れる。
特に実のない話を続けながら、これ以上は寄れないなと、裾に触れた水滴を払った。後ろのほうから自動車の音がするのを聞いて少し足取りを緩める。水でもはねられたら困るなあ、と思ったときだった。
「楓生」
言いかけの相槌を切って、熱斗がふいに肩を抱き寄せた。
「な、ん――わっ」
ばしゃー、っと軽自動車が追い越しざまに水たまりを荒らしていく。道幅に余裕があるせいでスピードも落としておらず、盛大に水がはねた。庇われたとすぐに分かる。
「熱斗、平気?」
車道側に回ってくれた熱斗は、やはり膝下をびっしょりやられていた。カバンで防ごうとはしたようだが、功は奏していない。楓生も多少はひっかけられたがスカートは無事で、靴下はいつでも洗濯できるから問題ない。それより……というところまで考えた辺りで、熱斗がきまり悪そうにくちを開いた。
「平気……だけどあれだな、俺が制服濡らしたらダメだったな」
そうなのだ。楓生の靴下は家で洗濯できるし洗い替えもいくつもあるが、熱斗の制服のズボンはできればクリーニングだし洗い替えは一本もない。
「ドライで洗うて今晩中に乾かすしか……」
「ごめん」
つい後始末のほうに思考を取られた楓生は、素直な謝罪にちょっと面食らった。
うちが濡れんようにと思うてしてくれたがやお、あんたが謝ることないやか――とまですぐには言えなかった。一拍置いて
「まあ、何とかするきかまんわ。ありがとう」
それだけを、ぶつけるような言葉遣いにならないよう言う。熱斗はなんらの屈託もなく
「どういたしまして」
と返した。そうして真っ直ぐになっていた傘を、また楓生のほうへ少し傾けてくれる。
さっき手をかけられた肩が、薄い制服越しの腕とぶつかる。なんだかそれが、とても当たり前のことのように思えて、濡れた靴が軽くなるような錯覚を覚える。青いフィルターのかかった世界は丸く、気づけばまた静まり返っていた。
ゴドグロが鬱々としてないとなんかこっぱずかしくて辛い
鬱々とはしてないけどグロウにとっては諦めのきっかけの一つになりそうなエピソードです