子世代手前 アクルビ さりげなく事後 アクア視点三人称
子世代手前 アクルビ さりげなく事後 アクア視点三人称
「……どうしよっかな。あたしが動けない間に何かあったら」
「何やってんの」
ぼそりと吐き出された言葉は聞こえないふりで、アクアは短く聞いた。ルビィは天井に手を差し伸べたまま、冗談みたいに答えた。
「現実的になってんの」
「現実的なら早く服着ろよ。風邪ひくぞ」
そう言うアクアはとっくに着衣を整えて、何事もなかったかのように寝る支度を済ませている。ルビィはごそごそと起き上がって布団から出てきた。細い裸身は見ているだけで寒々しい。それから、見ていると不要に心拍が速まってよくない。
「ほら」
布団の上でくしゃっとなっていた服をまとめて渡すと、ルビィはしれっと
「アクアが脱がせたんじゃん、アクアが着せてよ」
「上は自分で脱いでたろっ!」
「じゃあ上は自分で着るからパンツ穿かせてー」
布団から両足を引っ張りだしてくるルビィに、アクアは絶句。驚いたし、動揺したし、呆れもした。めちゃくちゃドキドキもした。とにかく思いもよらない要求をされて、言葉が出ない。
「~~~~~っ! 分かったよ! はい!」
「やったー。うよいしょ、っと」
と結局、視線をあっちこっちに逃がしながらパンツとズボンを穿かせる羽目になる。散々見たじゃん、とルビィは言うが、それは今は別問題なのだ。
下を穿かせてもらったあと、ルビィは宣言通り自分でTシャツを着て布団に潜り込んだ。アクアも釈然としないまま、その隣に収まる。
「……何だっけ」
さっきまでどんな話題で言葉を交わしていたか、すっきりさっぱり吹き飛んでいた。
「現実的に考えてたの」
「ああ」
そういえばそんな話だった。独り言みたいなルビィの言葉はどこか不穏で、つい聞き流したことにしたくなったのだった。ルビィは、そういう感傷をあまり気にとめない。
「神魔戦争が起きなくって、今は一応平和な時期ってことになってるじゃん。でもいつ何が起きるかは分からない。そんな時精霊はすぐに動かなくちゃいけない。だけど妊娠しちゃったら、それ無理になるんだよね」
「不安?」
「それもある。でもそれじゃだめ」
薄暗闇でも、魔力によってもたらされた赤い輝きははっきりと見えた。その瞳は天井を越えて天を見つめているようだった。
「だめなんだよ。不安がってるだけじゃ。もしそうなった時、どうするか。そっちを考えて決めておかなきゃ。ねえアクア」
「なに」
「あたしが戦えない時、アクアはどうする? 何をしてくれる?」
ルビィはこちらを向かない。ただ天を見上げて、同じ方向をアクアも見るべきだと要求してくる。
ほんのり白く浮かび上がる横顔から目を離して、アクアも天井を見上げた。空なんて見えるはずもない、ベッドの上に立ってジャンプをすれば手の届く、大して高くもない天井が見えた。
「おれは、魔法陣を書く。他のみんなが、ルビィがいるのと同じように戦えるように」
「あたしはどうしたらいい?」
「どうって……我慢してよ? 待ってるだけなんて無理ーとか、そういうのなし」
「えー? どうかなあ。分かんないなあ」
アクアとしては深刻に言ったつもりだったが、ルビィはくすくすと笑い出す。
ごそりと音がして、ルビィが寝返りを打ったのが分かった。アクアもそれにならって、ルビィの方へ体を傾ける。真っ赤な二つの瞳が闇に燃えていた。強い強い力がそこにあって、いつでもそれを振るうことができるのだと誇っていた。
アクアはその力がどうしても振るえなかった、そんな時があったことを知っている。そんな時がまた来ると、ルビィもアクアも知っている。そうなった時、ルビィはきっと傷つくのだろうとアクアは想像した。その傷にはまったく、なんの意味もない。まさに感傷だ。けれどその傷を一緒に受けたいとアクアは思う。ルビィは、まだそんな想像も、覚悟も、していないようだった。
その時がくれば分かるよ、とルビィが笑って、煌々と輝く瞳に瞼が被さる。アクアはそっか、と曖昧に返して、小さな肩に腕を回した。いつものことだけれど、抱きしめているのか縋っているのか、自分でも分からなかった。