神魔戦争編 高3、卒業間際のルビアク アクア視点三人称
神魔戦争編 高3、卒業間際のルビアク アクア視点三人称
突然に、ルビィは服を脱いだ。
「え? えっ?」
そんな声を上げつつ思わず目をそらすアクアに、ルビィは鋭く
「見てて」
と一言。
そう言われても、と反論できる空気でもなく、アクアは申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらそろっと視線を持ち上げた。
もともと肩のあたりが緩すぎるTシャツ姿は十分目に毒だったのだが、今やルビィが身につけているのはパンツ一枚とガーゼを押さえる包帯だけだ。味も素っ気もない白の下着を見るまいとすると、くびれの目立たない、贅肉も筋肉も薄い腹が目に入る。そこから逃げると、ささやかすぎる胸の起伏を覆う包帯に行き着いてしまって
「ちょ、ルビィ!?」
ルビィは何のためらいもなく、最後の砦である包帯を解きにかかった。
「いいから」
なぜか剣呑な声と目を向けられ、アクアは押し黙る。が、その包帯を外してしまったら、あとは……。その先を想像すると、背筋が冷えた。あの下に隠されているものがなんであるか、アクアは忘れようはずもなかった。
ルビィはちらとアクアの顔を見やって、包帯を緩め、端を引いて完全に取り払う。あまり主張しない乳房があらわになって、アクアの両肩で罪悪感が重みを増す。けれど、アクアの視線をとらえたのはそこではなかった。
胸の真ん中、ルビィが片手を開いたぐらいの、大きなガーゼ。正確にはその下の――
「っ」
少女の指がガーゼの角を摘んで、今度こそアクアは逃げた。目をつぶった。
「アクア」
「やだ」
「見て」
「やだっ」
「アクア」
「……」
「お願い」
らしくない痛切な声を出されて、アクアは嫌々、目を開けた。涙がせり上がってくる。見たくないものを見るため、顔を上げる。
黒い線。人の手が、掴もうとしてなし得なかったような、五本の痕。ルビィの胸には傷があった。アクアの、一度は好きになりたいと思った実父が、アクアの作品によって自害する際、ルビィを巻き添えにしようとして付けた――そんな、最悪の成り立ちをもつ傷。
臆病と言われてもいい。それを見るのはどうしても嫌だった。目に見えないだけで、アクアの心にも同様の傷が残っているのだ。それが、同じ傷を目にして、息が詰まるほど疼く。
「っ、ルビィ、なんで」
責めとも問いともつかない弱音に、ルビィは静かに返す。
「アクア。あたしはね、平気だよ」
真っ直ぐ、深く赤い瞳は、自分の泣かせたアクアを逃げることなく見つめる。
「こんな傷、なんてことない。平気。もっとひどい怪我だってしてきたし、こんなものいつか治る。でしょ?」
「でも!」
「でも、心の傷はそうじゃない?」
反論の言葉を読まれて、アクアは息をのむ。ルビィは穏やかに笑った。
「治るよ。心だって体だって、なにかあれば傷つくけど、ちゃんと時間が経てば、傷は治る。そういうものだよ。そうじゃないと、何十年も生きてくなんてできないよ」
言い終えると同時に、凛々しさを含んだ笑みはへらっ、と緩く崩れた。
いつの間にか膝の上で握りしめていた手に、ルビィがそっと触れる。どちらも表面は冷えた手だ。けれど触れあっていれば、そこにじわりと熱が溜まる。
父を死なせ、ルビィを傷つけた、あの魔法陣を書いた手を、アクアは今すぐにでも引っ込めたかった。
離れて、離れて、と呪文のように胸の中で繰り返す。ルビィは一回きり、そらすことなくはっきりと告げる。
「あたしはもう選んだ。何度だってぼろぼろになって、治して、戦う。怖いところでも、危ない場所でも平気。だけどアクアが一緒に来てくれたら、もっと心強い」
誘いのかたちではあったが、それが切実な「お願い」であることは用意に分かった。しかし、自分でも情けないと思っても、アクアには
「考えさせて……」
としか答えられなかった。ルビィはそんなぐずぐずのアクアをちゃんと受け止めて、
「うん」
と頷いた。
2013年書き納めはこれかも?
神魔戦争編でやりたいこと、をつい先走って書いたもの
空也編でルビィは地雷踏み抜かれて大爆発やらかした結果、結局は精霊として戦う道を改めて選び直すんだけど、アクアはその割り切りについていけなくて、マーレ編でいろいろと怖い思いをしたこともあって不安まみれっていう