朝チュンアミダその3 アクアが起きたらグロウがいた アクア視点三人称
朝チュンアミダその3 アクアが起きたらグロウがいた アクア視点三人称
よく分からない夢を見た。無数の声に、あれをしろこれをしろと急かされる夢だった。最初は必死にその内容を聞こうとしていたけれど、声はいくつも重なって判然とせず、次第にやる気を失ったアクアは床だか地面だか分からない真っ黒な足元にぱたりと倒れた。その床は頬にひんやりと気持ち良く――
「はっ」
目が覚めた。朝だった。頬が触れていたのは冷えた床ではなく、平熱36℃の自分の腕だった。
「うう」
背中が痛い。机に突っ伏して眠っていたせいだ。鈍い痛みは腰を伝って膝のあたりまで届く。
隣の椅子には同じような姿勢でグロウが寝ていた。机の上にはシャーペンの書きつけにまみれた紙が散乱し、朝日に白く輝いている。
アクアは凝り固まった首をぐいとひねって、寝ぼけ眼に時計を見た。9時だった。
「ああーっ!」
悲鳴。ガタンと椅子が鳴る。インクの瓶が倒れる。悲鳴二発目。
グロウがゆっくり起き上がって
「やっぱり無理に二つ入れたら接続甘うなるき、もういっぺん縮小かけて――え? なに?」
ぶちまけられたインクと、涙目のアクアを見る。
「試験、もう始まってる!」
今日は年に一回開催される、うらろ事務所の昇級試験の日だ。能力に見合わぬ安月給を改めるべく、アクアは前の月から周到な準備をしていた。
そして前日の夜、事務所外の知り合いでは最も陣のことを分かっている人物、つまりグロウに頼んで、夜遅くまで自由課題の調整をしていた――のだが、調整をやっていたのは果たして何時までだろう? 午前3時を迎えた記憶はあるが、その先は甚だ怪しい。
5つまで候補を絞って、そこから議論は膠着して、気付は朝9時。ちょうど試験開始時刻だ。
「どうしよう、どうしようグロウ……!」
「落ち着き。床と机はかあんき、とりあえず服着替えや」
そこいらの紙でインクを堰き止めたはいいものの、そこから動けず慌てるばかりのアクアを、グロウが宥める。
「荷物は筆記具と受験票? 用意はうちがするき、あんたは下で飲みもんばあでも飲んできい」
手早くインクを拭き取ってグロウが言う。アクアはべったりインクを吸った作業着を替えながら、焦りで鈍る頭で必死に答えた。
「受験票だけ。書くものは事務所にある。遅れるってオカマさんに言わなきゃ……!」
「オカマさん?」
「ヒルダさん! 今日の試験官やってるんだ」
つい事務所内でのあだ名が出た。それを訂正して、脱いだものを丸めて、ドアに駆け寄る。その背をグロウが呼びとめた。
「待って。その連絡うちがする」
「え?」
「先下りちょきや。うちもすぐ行くき」
「分かった。ありがとう!」
グロウには何か策があるらしい。頼りっぱなしで申し訳ないが、意地を張って断る余裕もなく、アクアは素直に礼を言って部屋を出た。
洗濯機に作業着を放り込んで、ついでに顔を洗い、トイレにも寄る。洗面所に戻って手を洗って
「えっ……と、あ、そうだ」
半端な睡眠と頭を使った疲労で、一瞬次にするべきことが飛んだ。何とか思いだしてキッチンへ入る。
流し台の食器かごからコップを取って、冷蔵庫を開ける。空腹を誤魔化せそうなのは牛乳、水分補給なら麦茶、糖分は……
「あっ」
オレンジジュースのペットボトルがダイニングテーブルに出ていた。どうしてだろう、と思いつつ、コップ一杯を飲み干す。
ふと目をやったリビングの、ソファの向こうに黒い頭が見えた。
「ユール起きてたんだ」
「おはよう」
振り返って、一言。おはよう、と返しつつ、起こしてくれたらよかったのに、と意味のない空想をしてしまう。そんな期待ができないことは分かっている。そういう点で一番頼れるゴッドは、またグロウの精霊狩り探しか、昨夜からいないし、日曜の朝なのでルビィはあと2時間は寝るだろう。
せめて寝落ち前に目覚ましをかけておけば、と先に立たない後悔をしながらコップをすすぐ。
そこへ、唯一の頼みの綱、グロウが下りてきた。
「これ受験票! あとこれ、糖分摂らんと頭回らんろ。それと、」
受験票と、戸棚から掴み出した個包装のチョコレートを押し付け、リビングの通信鏡へと走っていく。「ユール起きちょったがや」「おはよう」というやり取りが聞こえた。
アクアは言われるがままされるがまま、チョコレートを開封して口へ運んだ。自分のことなのにすることがなく、所長手描きの受験票をぼんやりと読み返す。
何度見たって試験は9時から、自由課題魔法陣一発勝負、受験番号はなくサインで代用している。アクアのサインは判子だけれど。
「よっし、話通った! 行くで!」
グロウが鏡の通信を切ってドアへ向かう。アクアも受験票を手にそのあとを追って、移動鏡のある部屋へ。
人間界から城、城から城下中央へと移動し、うらろ事務所までは名前通りの裏路地を駆け足。その道すがら、アクアはグロウに聞いた。
「結局どの陣書こう。おれはやっぱり、時間も短いし安定して書ける円基盤がいいと思うんだけど」
「そのことやけど」
アクアの一歩先を行くグロウが、ちらりと振り返る。
「全部書いて。時間的に厳しいかもしれんけど、5つとも」
「え? でもおっさん、所長は数で黙るような人じゃ……」
「所長さんは無理でもヒルダは違うろ。質も伴うて時間内に5つ、それでヒルダ落とし」
落とすって、とグロウの言葉のチョイスにつっこみそうになったが、それを言う前に事務所が見えてきた。ドアの前には、待ちきれなかったのかヒルダが出てきている。グロウはどれだけ高いハードルを用意したのだろう。想像するだに恐ろしい。
「グロウ、これかなりプレッシャーなんだけど」
「いっつもうちらあの命背負うて書きゆう人が、今さら何言いゆうがで」
ばん、と背中を叩かれた。その手はよろめくほどには強くない。アクアは「そうかも」と答えて、やっと、試験前の気分に切り替える。
「ありがとう。行ってきます!」
「いってらっしゃい」
足を止め、手を振るグロウに見送られ、アクアはヒルダに促されて事務所へ入っていく。その様子はまるで、親に見送りを受ける子供のようだった。
朝チュンコンプ~!どんどんパフパフ~!
アクアとグロウは精霊5でも1、2を争う仲良しです
本人たち気にしてないからいいんだけど、このアクア、グロウに頼りっぱなしなくせに自分はぼけっとしててハイブリッドクズの片鱗が見える