朝チュン2

朝チュンアミダその2 空也が起きたらゴッドがいた 空也一人称


 僕の刑は封印刑だ。封印を受けている間、僕の時間は止まっている。いくつか面倒な許可を得て、封印を解かれている間だけ、僕の時間は進んでいく。だけど、その時間の全てが僕の活動時間という訳ではない。こんな身であっても、24時間の内何時間かは眠らなくちゃならない。だからときどき、こうして城の中、封印の間の管理人監視下で睡眠をとるんだけど……。
「これは、あれかな。いわゆる朝チュンというやつかな」
 小さく、ちいさーく、絶対聞こえないように呟く。罪のない冗談だけど、聞こえてたら死ぬ。
 真横でゴッドくんが眠っていた。
「……」
 さあ状況を整理しよう。まず、ここはどこかな? お城の一室、封印の間だ。僕にとっての刑務所であり、管理人・エメリアにとっては職場。正確には、その中の一角を簡単に壁で囲んだ管理人室の中だ。足の方にドアがあって、頭の方に事務机がある。僕の背中側には書類棚があり、ゴッドくんの後ろはそのまま壁だ。僕は部屋の真ん中に布団を敷いて寝てたから、この位置まで転がってきちゃったんだろう。恥ずかしながら、寝相はとっても悪い自覚がある。エメリアの調達してくれた簡易ベッドも、そのせいで無駄にしたんだった。
 次に、どうしてゴッドくんがここにいるのか? こちらはちょっと、ヒントが少なすぎる。ゴッドくんの様子を窺っても、気配を潜めてるみたいに静かな寝息が聞こえるだけで、ここにいる理由を示すものは何もない。服装、は肩まで布団の中でよく分からないけど、少なくとも寝間着ではないようだ。だけどそれは最初から眠る気でいた僕も同じだから、情報として価値はない。強いて言えば、起きてる時はあんなでも寝顔は無防備で可愛いっ、とか楽観的なこと言ってられない無表情から、ここにいるのは不本意だオーラが漂ってるような気がするけど……これは普段すげなくされてる僕の思い込みだろう。だと信じたい。
 辛くなってきた。閑話休題。
 僕が乗り上げてるこの布団は、エメリアが泊まり込みをするためのものだ。昨夜、というか午後六時だったから昨夕、僕がエメリアにおやすみと言った時、この布団は部屋の隅に畳んで積まれていた。僕の睡眠時間はエメリアの同情でちゃんと夜に設定してくれてて、そういう夜はエメリアが見張りとして同じ部屋に泊まることになっている。僕は寝だめのために毎回連続12時間は寝るから、僕が眠る時も目覚める時も、エメリアは起きて仕事をしている。
 そういえば、エメリアがいないみたいだ。管理人室の外にいるんだろうか。だったらぜひ助けに来てほしい。寝相が悪くてここまで来ちゃいましたなんて、僕が言っても信じてもらえなさそうだけど、エメリアが言ってくれればもっとマシな気がする。
 でも、エメリアがいてもいなくても、ゴッドくんがこんなとこで寝てる理由は分からないままだ。あ、この距離なのは僕のせいだっけ? でも寝相なら無罪だし。信じてもらえれば。
 ……と、ここまで考えて新たな疑問。ゴッドくんが目を覚ましたらどうなるか? どうなる、というのは状況についてが3割、僕についてが7割だ。彼がどういう理由でここに寝てるにしろ、目覚めてすぐに僕と目が合えば、考えることは……何かな? まあ、嫌がられることだけは確実だよね。僕だって、こんなふうに出会うなら相手はルビィちゃんが良かったなーって思うくらいだし。ゴッドくんにはだいぶ嫌われてるみたいだし。
 っと。嫌いではないんだっけ。嫌いって割り切れないから嫌なんだよね。でもまあ、それならせいぜい突き飛ばされるか蹴り飛ばされるかぶん殴られるか、そのくらいかな? いきなり鳩尾ずどんとか、まさかそこまではない、よ、ね? 僕何もしてないし。何かしようにもありったけの魔法陣全部、没収されてエメリアが封印かけてあるし。束縛術なら身一つで使えるけれど、あれ使ったら即バレる。そんな自殺行為は趣味じゃない。いくらなんでも寝顔見られたくらいで殺意は芽生えないだろうから、そうだなあ、悪くて……あれ? なんで悪い想像ばっかりしちゃうんだろう? これはいっそ、抵抗されないうちに束縛術かけといた方が身のためなのかな?
 僕の恐怖を知ってか知らずか――知ってたらすでに恐怖じゃなく現実の危険だけど――ゴッドくんは壁にぴったり背中をつけて、真一文字に唇を結んで、ごく静かに眠っている。きっと、僕がちょっと身じろぎすれば瞬時に崩れる、危うい平穏だ。おかげで自分の布団までこっそり戻って狸寝入りという、一番安全そうな策が全く役に立たない。次善の策としてはこの場で寝たふり、もしくは本気の二度寝というのがあるけど、それは問題を先送りにするだけだ。
 ああ、本当にどうしよう。実はさっきからトイレに行きたい気がするし、あくびも何度も飲み込んでいる。右半身が痛くなってきたから寝返りも打ちたい。それに普段は油断も隙もない人が、こんな間近で無警戒に――だよね? 実は厳戒態勢でしたとかないよね?――寝てると思うと、僕の少年のようなイタズラ心が、鼻つまみたい! デコピンしたい! と訴えかけてきてやまないのだ。
 そして何より、魔力。眠っていて制御が甘いせいか、この近さに長時間留まっているせいか、触れてなくても圧倒的な魔力の存在を感じる。僕にとってこの世で一番の誘惑だ。欲しくて欲しくて、本当に喉から手でも出してやろうかと思った憧れの力が、そこにある。そういうことしてたから、今命の心配をする羽目になってるんだけど。でも、彼らにとっては当然で特別な、僕にとっては夢のまた夢みたいな強大な魔力がすぐそこにあって、
「欲しいなあ」
 耐え切れず、無意識に出た声はうまく音量を絞れなかった。
 ゴッドくんが目を開けた。
「…………」
 くっきりと強い力を持ったオレンジ色の瞳が僕を映す。最初はぼうっとしていた目の底に、ものの数秒で理性が宿った。
「おはよう、ゴッドくん」
 とりあえず、常識に則って笑顔で言ってみる。返事はない。
「良い朝だね! よく眠れた?」
 口だけはぺらぺら動くのに、なぜだか体が動かない。おかしいなあ。束縛術は他人しか対象にできないのになあ。
「……」
 ゴッドくんは無言のまま、すっ、と危なげなく起き上がる。あ、この服前にも見たことある、と思った瞬間、それは精霊服に入れ替わる。ルビィちゃんほどだだ漏れではないけれど、有り余る魔力の余波を肌身に感じる。
 これこれ、この魔力だよ。いいよねえ……なんて現実逃避しても、一度灯った赤信号は消えない。僕が上体を起こしたのと、ゴッドくんが右手を剣の柄にかけるのは同時だった。
「ヒッ」
 ひゅん、と僕の息に重ねて風を切る音。
 首筋に、剣が突きつけられていた。予想はしていた。してたけど、当たってる。もう触ってる。角度関係なくちょっとでも動けば切れる。ほんの僅かな接点だけど、その向こうに流れてる魔力を感じれば、今この剣に与えられてる切れ味がどれほどのものかはよーく分かった。可愛く首を傾げたら、ことんとそのまま首が落ちるレベルだ。声を出すのも躊躇われる。
 起き抜けとは思えない動きを披露したゴッドくんは、竦みあがる僕を無言で睨みつけ、視線だけを斜めにふいと動かして
「ああ」
 何かを一人納得し、それで剣を鞘に納めた。
「は、は、はああああ」
 命の危機を脱した僕は、生の実感を抱えて自分の布団までずるずる引き下がる。見ればゴッドくんが視線を送った先にはエメリアの机があり、確かめたのはそこに封印されている、僕の持ってた魔法陣のようだった。
「そっか、ゴッドくんもあの魔法は怖いんだねー」
 生きた心地を取り戻してつい口をついたからかいを、ゴッドくんは綺麗に無視した。
「何してた」
 威圧感がこもりすぎて疑問形に聞こえない。さすがの僕も怖くて絶句していると、もう一度聞かれる。
「何してたか言え」
 今度は命令形だった。また右手が剣に向かうのを見て、僕は慌てて両手を上げる。丸腰のポーズだ。
「何もしてないよ! 僕すっごく寝相悪くて! だからベッドじゃなくて布団なんだ! 外泊に君んち借りた時も、床に落っこちてたでしょ!?」
 刺さる視線のあまり鋭さに、軽口の一つも混ぜられず、本当のことだけを訴える。嘘に聡いゴッドくんは同様に真実にも聡くて、僕が素直に白状したこともすぐ分かったのだろう。手を下ろして深く溜め息をつくと、いつでも立ち上がれる姿勢から胡坐へと足を組みかえた。精霊服まで消してしまう。
 それが油断の表れじゃないことは分かってる。だけどやっぱり甘いとも思う。確かに僕は本当のことしか言ってない。ゴッドくんがそれを信じた、その判断は正しい。でも彼がいつでも精霊の魔力を使えるように、僕は束縛術ならいつでも発動できる。ほんの一瞬先手を取れれば、僕が勝つことだって不可能じゃない。これがルビィちゃんやユールなら、負けない自信ゆえの行動なんだろうけど、ゴッドくんはたぶんそうじゃない。
 ああ、指摘してみたい。でもそうしたら今度こそ本気で息の根止められるかもしれないから、僕は代わりに
「おはよう。良い朝だね」
 と言い直してみる。ゴッドくんは、あくびをして、伸びをして、さっきまでの気迫が鳴りを潜めた日常の姿で返す。僕のあくびはいろいろあって吹っ飛んでいた。
「おはよう。最悪の朝だけどな」
「それ君が言う? 僕なんて不当に命狙われたんだけど」
「日頃の行いを省みてから言え」
「僕も四六時中あの陣持ち歩いてる訳じゃないよ。知ってるでしょ?」
 これは嘘じゃない。最近はあの陣を持ってると判明しただけでものすごい疑いの目で見られるのだ。面倒事にしたくない日は持って出ないことにしていた。
 ゴッドくんもそれは認めざるを得ないらしく、反論のために開いたと思しき口で、いかにも嫌そうに
「そうだな。疑って悪かった」
 と全然心のこもってない謝罪を寄越した
「そんな嫌そうにしてまで謝んなくていいのに」
「お前、いつもこっちが折れるまでしつこく絡むだろーが」
「そうだっけ?」
 図星を突かれたから笑ってごまかす。ごまかし切れたとは思えないけど。でも、ゴッドくんもわざわざ追及を重ねるのは面倒なのか、黙って表情に呆れを滲ませるのみだった。
「それよりさ、ゴッドくん、なんでここにいるの?」
 ようやっと、最初の疑問に立ち返る。そうだよ。目が覚めて、まったく意味不明な状況に焦ったのは僕の方なんだから。
 ちょっと強気に出た質問に、ゴッドくんはもういっぺん伸びをしながら答えた。
「エメリアに頼まれたんだよ。火急の用ができて天界に行かなきゃなんねえけど、お前の封印解きっぱなしで放置しとけないし、寝てるとこ起こして封印すんのもの忍びないとかで呼ばれんたんだ。正式な代理が来るか、エメリアが戻るかするまでいてくれってさ」
「そういうことだったんだ。あー、ほんとびっくりしたあ」
「びっくりしたのは俺の方だよ。何のためにこんな端っこに布団ひいたと思ってんだ」
「……なんで刑務官のエメリアより友達のゴッドくんの方が冷たいのかな」
「エメリアはお前の世話して給料もらってるだろ。俺は何ももらってない」
 すぱんと切ったような口調。だけど、あれ? それって
「『友達じゃねーし』とか言わないんだ?」
「友達じゃねーし」
「ひどっ!」
「言ってほしかったんじゃねえの?」
 ゴッドくんは平然とうそぶく。人の言われたいことを見誤ったことなんてないくせに。
「つーかそうだ。世話って言って思い出した。朝飯食わせてトイレ連れてって風呂使わせて、だっけ? 入院患者みたいだな」
 僕の起きてからの予定を並べながら、ゴッドくんはポケットからメモを取り出した。見慣れたエメリアのやたらちっちゃい繋げ字が踊っている。
「それ読めるんだ……ていうかそこまで頼まれてるんだ。ゴッドくんお仕事はいいの?」
「よかねーよ。でも秘塔は城の直下だからな。管理人の代わりはいなくても、教師の代わりはいるし」
 言いつつメモを手に、机の上の通信鏡に向かう。そうそう、そうやって厨房に連絡して朝食を頼んで、布団畳んでちょっと掃除したりして時間をつぶすんだ。
 エメリアと二人の時は僕が起きる前にその大半が済んでて、本当に僕は世話されてるだけなんだけど、今日のはなんだか、アクアくんから聞いた合宿ってやつみたいだ。
 そう思うと嬉しくなって、それを口に出しかけた時だった。ドアの開く音がした。
「あ」
 ゴッドくんがその一音とともに顔を上げる。十数歩分足音がして、管理人室の薄っぺらなドアも開いた。
「ただいま戻った。お、空也、今日は早いな。二度寝しなかったのか」
「あー、うん。おかえりエメリア、おはよ」
 ちょっぴり疲れた様子のエメリアが帰ってきた。ゴッドくんは厨房に伝えかけていた注文を保留して
「お疲れ様です。引き継ぎますか?」
「ああ。仕事もあるのに悪かったな。助かったよ、ありがとう」
「どういたしまして。それじゃ俺は――」
 これで、なんて言って立ち去るつもりのゴッドくんに、僕は思い切り飛びついた。
「待った! うぐっ!」
 おなかを蹴られた。痛い。
「な、何するのさ……!」
「こっちの台詞だ!」
 本気で驚いた様子のゴッドくんは、封印のかかった僕の陣をさっと机の奥へ遠ざける。
 エメリアがそれを見て、子供を見る大人の目で笑った。
「せっかくだから、朝食ぐらい一緒に済ませていくといい」
「遠慮します」
「ダメだよー! ここでは管理人の言うことがルールなんだからね!」
 にべもない即答に、蹴られないよう言葉だけで抗議する。エメリアに目線を送り、もし「エメリアは帰るなとは言ってない」とでも言おうものなら、エメリアからもお願いしてもらう構えだ。
 しかしゴッドくんはそれ以上引き下がらず、
「分かったよ。予鈴までな」
 と折れた。
 やったー! と飛び上がって上げた僕の歓声に、通信鏡の向こうで女中が何事かと首を傾げる。
 久しぶりに、楽しい朝が始まった。


2013/10/28

ゴッドが「布団敷く」じゃなく「ひく」って普通に使ってたらいいなあって。
楽しかったけど落としどころに悩まされた。
空也とゴッドだといつまででもしゃべらせられてしまう。
この関係の微妙さは、ゴッド視点の方が書きやすいかも。
せっかく空也視点だったんだから、もっと調子のらせてもよかったかなあ。