相談

ルビィとゴッドの相談みたいな会話 時期不明 ゴッド視点3人称


 一枚、五枚、八枚、三枚……。
 台所だけに明かりをつけた薄暗いリビングで、ゴッドはちまちまと手帳の付箋を剥がしていた。一ページに何枚も貼られた小さな紙切れを、できるだけ一度にたくさん摘み取っていく。残るページはざっと見て20と少し。
 時刻は1時、就寝時間の早いこの家では深夜もいいところである。他の同居人はとっくに寝静まっているというのになぜこんなことをしているかというと、理由は単純、グロウに頼まれたから。グロウが寝に行く直前に頼まれ、もう4冊分は済ませている。もう少しで寝られる、と一度伸びをしたところで、背後のドアがすっと開いた。
「あー、ゴッド」
 眠そうな声で言ったのはルビィだった。確かユールのだったと思われるおさがりの体操服姿で、髪がいつもより跳ねている。
「どうした、珍しい」
「なんか目が覚めて、のど渇いたから降りてきた。ゴッドは?」
「ちょっとタダ働き」
 ふうん、と興味なさげに答えて、ルビィが台所へ向かう。冷蔵庫からスポーツドリンクの2リットルペットボトルを取出し、
「ねえ、これあとちょっとだから口つけていいかな」
 とゴッドを呼ぶ。グロウに聞かれたらしばかれること間違いなしだが、振り返ってみればコップで一杯と半分ほどの量だったので、いいだろ、と答えておいた。
 すると数秒の沈黙の後ぷはっと言う声がして、案の定ルビィはゴッドの元に駆け寄ってきた。
「余ったか?」
「なんで分かるの?」
「好きだから」
「うっそだあ」
 疑いの目つきで、それでもペットボトルは差し出すしかなかったらしい。
「ごめん、飲んで」
「はいはい」
 受け取ったでかいペットボトルを傾けて空っぽにすると、ルビィがソファの隣に腰掛けた。ゴッドはペットボトルをテーブルのわきに置いて、地味な作業を再開する。
「タダ働きってこれ?」
「そ、延々と手帳の付箋を剥がすだけ。しかもなんの説明もなしだぜ? これ実は無駄な作業って言われたら泣くよな」
「ゴッドって泣かないよね」
 ルビィの言葉は唐突だったが、作業の手は滞らなかった。一ページ分の付箋を剥がす間だけ黙って、ゴッドは自然に尋ねる。
「なんか夢でも見たか」
「なんで分かるの?」
「好きだから」
「うそ」
「で、どんな夢?」
 さっきより強まった語気をあえて無視して、ゴッドは手元を見たまま聞く。
「……アクアはすぐ泣くでしょ。あたしのせいってとこもあるけど、一番よく泣くよね。グロウは、普通かなって思う。泣きたくても泣かない時もあるけど、泣くこともあるし。ユールは、どういう時かよく分からないけど、泣く時はある。あたしは、泣かないって決めてて泣かない。どんな時でも。ゴッドも泣くとこ見たことないけど、ほんとに泣かないのかあたしは知らない」
 ルビィは答えになっていないことを、最初から決めていたかのようにつらつらと語る。締めくくりの言葉は、短く
「どうなの?」
 だった。
 手を止めて、少し考える。どうしてそんなことを聞くのか、なんて聞き返しても意味がないことは分かっている。ルビィの求めるものは分からないが、分からないなりに答えを探してやる。
「アクアは、お前に会う前も今みたいだったと思うぜ。あれはお前に泣いてもいいって言われたから泣いてもいいと思ってるんじゃなくて、泣くのを我慢するってことを覚えさせられてないんだよ。それはユールも同じだろうな。ユールは痛みに反応するのをやめることより先に、痛みを感じとるのをやめる方法を覚えたから。それから比べると、グロウは確かに普通だな。泣きそうだけど泣きたくないとか、泣きたいけど泣いちゃいけないとか、そういう場面を知ってるしそういう気持ちも知ってる。お前はルサ・イルと別れてからずっと泣くのをこらえる訓練ばっかりしてたわけだから、今までいろいろあったけど泣くことはなかった。偉いな、ルビィ」
 子供サイズの肩を抱き寄せて頭をなでると、ルビィはちょっと頬を膨らませて離れようとした。
「そうじゃなくて、ゴッドは?」
「俺? 俺は――」
 何と言ったものか、少々手ごわい質問だ。とりあえず当たり障りのない言葉から始めてみる。
「俺はお前と一緒だよ、だいたいは。もっとくだらないかもしれないけど」
「どういうこと?」
「泣かないようにしてるってことだ。別にどんなことが起きてもなんとも思ってない訳じゃない」
「さすがにそれは分かるよ。なんで泣かないの? ゴッドも誰かと約束?」
「いや、自分で決めてるだけ。泣きたくないっていうか、泣かない方がいいと思ってるんだよ。のちのちのためにな」
 そう言うと、ルビィは首を傾げて
「のちのち、ってどういうこと? いつ?」
「親になってから」
 これにはすぐ答えられた。ルビィはますます何が何だか分からないという顔をする。
「お、親って、子供ができてからのことまで考えてるの?」
「その一個だけだけどな。子供には、自分の親は泣かないものだって思われたいんだよ。分かるか?」
 不思議そうに話を聞いていたルビィは、その問いかけにおずおずとした首肯で答えた。
「なんとなく。ゴッドのお母さんのことだよね」
「そういうこと。あの人が泣くところを俺は見たことがないし、泣くかもしれないとすら思ってなかった。そういうところもお前と一緒だな。かっこいいと思ったし、同じことを自分もしたいと思った。それだけだよ」
 はー、と、ルビィが感心したようにため息をついた。その肩をもう一度抱き寄せ、ゴッドは尋ねる。
「で、どんな夢見たんだ?」
 ルビィは気まずそうに身をよじって、他に誰もいないというのに、内緒話をするようにゴッドの耳元へ顔を寄せて
「えっとね――」
 こしょこしょこしょ、と小さな秘密を囁きこんだ。
「アクアには、他のみんなにもだけど、アクアには内緒ね!」
 最後にそう付け加えて、小さな体はソファから飛び降り、ドアへとまっしぐらに駆けていく。
「おやすみっ、ゴッドも早く寝てね!」
 とかわいらしいメッセージを残して、足音は二階へ消えていった。
 残されたゴッドは、一人、薄明かりの中でこらえきれない笑みをこぼす。
「ルビィ、お前思ってたよりアクアのこと好きなんだな」
 ルビィの『アクアに知らせたくない夢』は、ルサ・イルと再会して感動の涙を流す夢だった。


2012/9/7

ゴッドはこんなこと言ってるけど、これは少しだけ嘘
ゴッドはルビィみたいに泣かないんじゃなくて、ルビィみたいに泣かないように「したい」だけ
ルビィがなんの努力もせず泣かずにいられる場面で、ゴッドは頑張って泣かずにいなきゃならない
父子なのか兄妹なのか友達なのか何なのか、よく分からんけどお互い大好き、口に出して好きって言えちゃう、そういう関係の二人
ルビィはアルサとのことに関してアクアに遠慮することを徐々に覚えていくけど、アクアが嫉妬するとは思ってなくてアクアが悲しむから内緒にしとこうと思ってる