はじめまして

ゴドグロ出会い編 グロウ視点3人称


 子供の頃、ゴッドは今よりもっと母親に似ていた。
 ゴッド自身は「変わんないだろ」とそのことを認めようとしない。だから、今ではそれを知るのは、本当の本当にグロウだけだ。

 夕方、せわしなく人の行き交う城下南西地区の市場通り。西からまっすぐ差す夕焼けの光に包まれて、誰の頬も赤く、皆の影がくっきりと黒い。
 しかし一転、裏通りへと入る路地にその熱は届かず、別世界のようにひんやりとした暗がりが広がって――その中に彼はいた。
 当時七歳、父に去られ、母を亡くし、小さな身の振り方も知らず、ささくれだらけの木箱を椅子に、ただぽつんと座っている。愛想の振りまき方も、あの時はまだ知らなかった。そんな、寄る辺のない弱みだらけの仏頂面を見て、グロウはすぐに、彼が父の言っていた「うちで引き取ることになった男の子」だと分かった。
 グロウに迎えを頼む前、父は一枚の写真を出してきた。そこには父と並んで映る、若い女性の笑顔が一つ。胸元に滑る髪は焦げ茶色、すらりと通った鼻筋に、ちょこんとえくぼを乗せた頬。グロウには当時からちょっぴり羨ましい二重瞼の下には、夕焼けを反射したようなオレンジ色が一対、強い強い輝きを湛えている。その目じりは穏やかに下がり、伏しがちな睫毛と相まって、誰にでも通用する色気を発していた。
 フレミア・ファイアル、つい先日精霊狩りに遭うまで、現・炎の精霊であった女性。父の学友だというその女性のたおやかな微笑みが、男の子と目を合わせたグロウの脳裏に浮かんだ。
 男の子――ゴッド・ファイアル、精霊狩りによって否応なしに現精霊となった少年は、細い顎をちょっと引いて、鋭い視線だけを持ち上げてグロウを見ていた。写真の女性とはまったく違うように見えるその表情が、グロウにはとてもそっくりに思えた。
「お母さんに、ようにいちゅうね」
 その一言で、オレンジ色の瞳が丸くなる。
「お前、シュレイン・サンダーの」
「むすめ。父さんにたのまれてむかえに来た。ゴッド、やお? うちはグロウ」
 よろしく、と言ったかどうかは覚えていない。勝手に手を取って握手の真似事をした。ゴッドはたぶん、グロウの使う言葉が不思議だったのだろう。少しだけ呆けたような顔をして、グロウの手をじっと見ていた。それで、握手のつもりだったのに、右手で左手を握っていることに気付いた。
 恥ずかしくなって解こうとした手を、ゴッドからぎゅっと握られた。その時のゴッドの顔が、グロウは今でも忘れられない。
 身を乗り出したために、路地にはなかった赤っぽい光が半身に降りかかる。目の下に綺麗な睫毛の影が落ちて、そのラインがふっと乱れた。震えるような瞬き。ほんの少し見上げる角度の瞳は、灼けつくようなオレンジ色。置いて行かれるのではないかと、杞憂だと分かっていても捨てきれない不安が、その底で揺れている。
「…………」
 手を引いて立たせると、顔をうつむけた拍子にその表情は消えてしまった。けれど正面から視線を合わせようとしない目じりに、ほんのり残ったかすかな不安は、写真で見たフレミアの艶やかな色を思わせて、グロウの心に刺さった。
 その日はそのまま、家に帰りつくまで手をつないでいた。

 ゴッドがフレミアに似ていると言われることは、今でもたびたびある。グロウだって、今のゴッドもフレミアによく似ていると思う。
 けれどあの頃、彼が幼い輪郭に影のように重ねていた色。あれが何より、彼のフレミアに似ている部分だった。今はもう、どんな表情の内にもあの色はない。なにがしかの色を見せかける術は覚えたようだが、まったくの無防備、不用意にちらつかせた色とは別物だ。
 あの色がいつなくなってしまったのか、それはグロウにも分からない。しかし、今それがないということは、いらなくなったということなのだろう。初めて会った日、グロウに向けた視線の色は、グロウに置いて行かれないためのものだった。母が自然に備えていた、人を惹いて自分を助ける力。誰にも縋れない子供が、唯一頼れる相手に見捨てられないために、そんな色を見せていたのだとしたら。
「うちがおらんといかん、らあて思うたうちの負けながやろうか」
 独り言は台所のカウンターを越えず、リビングのソファでくつろぐ四人には聞こえなかった。


2013/9/14

脳内プロットなしで書くのは、それもデジタル直はきつい
最初の3文が書きたかっただけです
あと、色って言葉は含みがあって意味合いが豊かで素敵ですよね