アクア誕生日2013

アクア誕生日話 定くん一人称 高2


「そういや早瀬の誕生日ってそろそろだったよな」
「うん。そろそろっていうか今日だけど」
「あーそっか、今日……きょう? 今日って、」
 今日。本日。Today。6月20日。
「まじかよ!!」
 通学路にオレの声が響いた。

 梅雨は明けたばかり、太陽は眩しく、夏服にはその温度がちょうどいい。中間テストもまだまだこの間終わったばかりみたいな弛んだ気分で、登下校に傘が要らないことに浮かれていた矢先のことだった。
「うっわごめん。忘れてた。しくった。わり」
「そんなこと気にしなくていいって」
 額の前で手を合わせると、早瀬は本気で気にしてない顔で笑って見せる。だけど
「いーや駄目だ。お前、去年誕プレくれたじゃん」
「あれのこと? プレゼントってほどのものじゃないだろ」
 早瀬がきまり悪そうに否定する。
 去年のオレの誕生日、こいつは筆箱くらいのオレンジの包装紙に黄色いリボンを結んだ、こっぱずかしいラッピングのプレゼントをくれた。家で渡されたからよかったものの、学校で出されたら変な噂でもたつんじゃねーかってくらい手が込んでいた。その気合はどこから、とは聞くまでもない。単純にこういう細かい作業が好きなのだ、こいつは。
 ちなみに中身は12連パックの電池×2だった。早瀬が家に来るようになって従兄から半額で譲ってもらったゲームのコントローラーは、新品より電池が切れるのが早かったから。そんな理由を聞いて、
(やるじゃねーか)
 と思ってから、俺は早瀬の誕生日に何か「やるじゃねーか」と思われるようなことをしてやろうと決めていたのだ。
 だというのに、まさか誕生日を忘れるなんて。
「どーしよ。早瀬、今日晩飯は?」
「メニューのリクエスト聞いてもらったから帰って食べる」
「だよな」
 てことは飯はダメ。なんか前にバケツでプリン作ってみたいとか言ってたな……固める時間がないからダメ。うーん、食いもんやめよ。普通にモノ……ゲーム、はうちではやるけど死ぬほど下手だし実際死にまくりでそもそも一人じゃ触れもしないだろう、ダメ。高いし。本も結構読んでる、けど全部図書室のだし趣味分かんねーし、マンガは見せたけどそれほど興味なさそうだったな、ダメ。服とかアクセサリーとかそれこそどうでもいいだろう、ダメ。いっそ思いきりふざけたもんでもいいかと思ったが、ふざけすぎると泣かれる可能性がある。それは避けたい。
 アイデアもその辺で行き詰って、オレはあっさり白旗を上げた。
「なんか欲しいもんない?」
 カッコわり、と自分でも思うけど、別にカノジョ相手とかじゃないから良いんだこれで。全然要らないもの貰うよりマシだろ。
 オレの自己弁護など気にするどころか気付いてもなさそうな早瀬は、不意を衝かれたように「へっ?」と間抜けた声を上げて、そのわりに案外早く答えを出した。
「なにか記念になるものが良いな」
「……お前、時々ほんとに発想が女子だよな」
「だめだった?」
「いやいいけど。てかその返しが女子だろ」
「えー?」
「つーか、記念になるものって何だよ。観光地だったら地名のキーホルダーとかあるけど。学校の校章入ったメモとかにするか?」
 なんでそんなもん作ったのか、生徒は誰一人理解していないけど、学校グッズというものがある。女子の制服と校章刺繍の色である臙脂を基調とした、メモだのシャーペンだのストラップだの。年度頭の進路調査で、早瀬が卒業後この町を離れることは聞いていた。そうなればタダでも嬉しくない学校グッズも、記念になるのではないか。
 そう思ったけど、早瀬の反応は芳しくない。
「でもあれ、女子の制服の色だろ? おれたち普通に学ランだから関係ないし」
「確かに。男子は校章バッジも色違うよなあ」
「だろ。だったらもっと……そうだ、写真は?」
「写真? ケータイならあるけど」
「違う違う。もっとちゃんと印刷したやつ!」
「プリクラ?」
「あんなちっちゃいのダメだって! 誰だか分かんない顔になるし」
「お前プリクラ撮ったことあんのかよ。超意外」
 珍しく勝手に盛り上がる早瀬より、そっちの方がオレには気になった。早瀬はそれを「運動会の打ち上げの時に」と流して
「定んちデジカメあったよな。行こう!」
 そう言って、いつも渡る分かれ道の横断歩道に背を向けた。

 誰が何をどう撮るんだろう。青色のちっこいデジカメを矯めつ眇めつしている早瀬を見て、オレはそんなことを考えた。
 帰ってみたら母さんはいなくて、冷蔵庫に「パート五時まで」とメモが貼り付けてあった。普通に考えたら早瀬が欲しいのはオレと撮った写真なんだろうけど、カメラマンはいない。
「早瀬ー、どうすん――の」
 ぴぴっ、ぱしゃ。作り物のシャッター音と共にフラッシュが光った。早瀬がカメラを反転させて、画面をこちらに向ける。
「『びっくりする定』!」
 嬉しそうに告げられたのは、よく分からないけどたぶんタイトルだ。画面ではフラッシュの直撃を受けて真っ白になったオレが、早瀬の言う通りびっくりしていた。
「お前、カメラは触れたんだな」
「撮るだけならフィルムのと一緒だろ。なあ、さっきのどうやって見るの?」
 機能が分からないまま押すのは怖いのか、早瀬の指がいくつかのボタンを撫でるように触っていく。撮るまではできても、画像再生はできないようだ。だけどビデオのリモコンと同じ再生マークにいつ気付くかしれない。オレは早瀬の手からカメラを攫った。
「見なくていい。つーかさ、何の写真が欲しいんだよ。あとどこで撮るんだ?」
 先ほどの写真は消去。フラッシュも勝手に光らないよう設定する。正直オレも使いこなせてはないから、ちゃんと設定できたか確かめるつもりでシャッターを切った。
「はいちーず」
「えっ」
 顎を引いて考え込む仕草から、目線だけちょっと上げた早瀬が撮れた。カーテン開いてるから、と電気を付けずにいるせいで少し暗いが、フラッシュでびかびかしているよりは自然だった。
「おー! 良い感じ。オレうまくね?」
「け、消して!」
 画面を見せて自慢すると、早瀬がいきなり飛びついてきた。人の写真にはタイトルまで付けておいて、自分がされると恥ずかしいのか顔が赤くなっている。
 オレは腕を上げてそれを躱し、
「消したいなら取ってみろよ」
 小学校でよくやったみたいに言って、階段へ駆けだす。この通り、中学でも高校でもやってることだがそれは置いといて。
 早瀬は素直に釣られて追いかけてきた。いつも思うけど、そうやって簡単に乗ってくるから長引くんだよな。すげなくされたら詰まんないから、そんなこと言わないけど。
 自室に駆けこんでドアを閉め、背中で押さえる。すぐに追いついてきた早瀬がバンバン手の平でドアを叩く。
「さーだーっ! 開けろーっ!」
「合言葉を言わないと開きませーん」
「合言葉って何だよ!?」
「マリカのケースに入ってるAVのタイトル」
「言えるかーっ!」
 早瀬の反応を笑いながら、カメラを布団のないコタツテーブルの下に蹴り込む。ドアの位置からはパッと見えないことを確認して
「正解は『マリカのケースにはちゃんとマリカが入ってまーす』!」
「わっ!」
 ドアを開けてやると、早瀬は一歩つんのめってオレの肩を掴み、呆けたようにこちらを見上げた。
「AVあると思った?」
「ちがっ、あっ、カメラ……どこ?」
 抗議の途中で目的を思い出したのか、早瀬の視線がオレの手まで落ちる。が、そこには何もない。右も左もだ。
「さあどこでしょう。タイムリミット10秒な」
「え!? ちょっと待って探す!」
「いーち、にーい」
 さっと部屋中に視線を巡らせて、早瀬は真っ先に布団を捲った。いやー、普通そこにはないだろ。お前はとっさに物を隠す場所としてそこを選ぶのか。
 早瀬が枕を持ち上げて「ない!」と叫んだ時点で、カウントは5まで来ていた。そこから先を
「ろくしちはちきゅーじゅー! ターイムアップ!」
 と早送り。これもよくやった手だ。強制的に宝探しを切り上げ、テーブル下からデジカメのストラップを引き出す。早瀬が両手を伸ばしてくるが、コタツを挟んでいるためちっとも届かない。オレはこれ見よがしにカメラを構え
「はいこっち向いてー」
 ぱちりともう一枚。奥行きのある、なかなか良い写真だ。
「やっべ、オレ才能あるかも!」
「ないない絶対ない!」
 言葉と一緒にほとんど攻撃力のない枕が飛んでくる。カメラを守ったせいで顔に直撃したが、痛くもかゆくもない。しかしその隙をつくように、早瀬がテーブルを回り込んでいた。オレはその反対側へ走り、
「あう」
 コタツの足に引っかかってベッドに転んだ。とっさにカメラを突き上げて、また顔面が犠牲になる。今度はさすがに鼻が痛い。そう思いつつ仰向けになると、無駄な運動神経を発揮した早瀬が、ひらりとコタツを飛び越えてカメラを掻っ攫っていくところだった。逃がすか! と思って起き上がり――拍子抜け。
 早瀬はやっと奪ったカメラを手に、オレの足元に座っていた。何やら難しい顔でボタンをいじる姿は、呆れるほど無防備だ。奪い返されるとか思ってもないんだろうな。そう考えながらそろりと手を伸ばし、ストラップに触れたところでオレは手を止めた。こちらを向いた早瀬と目が合ったのだ。
「……あ」
「ねえ定」
「なに」
「消し方分かんないんだけど」
「おま……あーもう、貸せよ」
 あんだけ騒いで取り合ったデジカメを、早瀬は何の躊躇いもなく差し出した。別に誰相手でもって訳じゃないから良いっちゃ良いんだけど、早瀬は時々人を信用しすぎだと思う。オレがまたレンズを向けるとか、カメラを持って逃げるとか、考えられる展開はいくらでもあるのに。
「あっまいなあ」
「何が?」
 尋ねる声は思考回路を丸写ししたように甘々だった。何でもない、と答えて、カードに保存された写真を呼び出す。その時滑った指がズームアウトボタンに触れて、ただでさえちっこい画面にちっこいサムネイルが三列並んだ。今日撮った二枚以外に、高校の入学式の写真も入っているようだ。入学式の看板と学ラン姿の俺と、母さんとばーちゃん。どうせ同じ学校だけどせっかくだし、と一応撮った、まさに記念写真だった。
「そういやさ、早瀬はどんな写真が欲しいの?」
「どんなって、定と撮るやつならどんなのでもいいよ」
「それ一番困る。なんか指定しろよ」
 オレとツーショット欲しいとかマジかよ、とは今更ツッコまなかった。早瀬がちょっと変わってるのは今に始まったことじゃない。
 それにそこを突くと、早瀬がいつかここからいなくなることを再確認させられそうだったから。
「えー? どうしよっかなあ」
 オレの部屋を眺め回す早瀬に、「ここはないだろ」と言おうとした、その時だった。
「こんこーん。定ー、早瀬くーん、ただいまー」
 ノックの代わりに口でそう言って、母さんが部屋のドアを開けた。
「あ。おじゃましてます」
「パートは? 5時までじゃねーの?」
 律儀に挨拶する早瀬に、ごゆっくりーと手を振ってから、母さんはオレの質問に答える。
「済んで帰って来たのよ」
「でもまだ明るい……あ!」
 見上げた時計はもう5時半。外はおやつ時のように明るいが、そうだった、明日は夏至だ。
「やっべ。早瀬帰んなきゃだろ」
 早瀬の家は夕飯が早い。門限は決まってないらしいが、帰宅目標は6時。徒歩だとちょっと間に合わない。
「今日ばっかりは遅れる訳にいかないよな。チャリの後ろ乗ってけよ」
「うん、ありがと。いつもの角までお願い」
 慌ただしく部屋を出るオレたちを、母さんが「またねー。気を付けて」と見送る。早瀬は階段の前で一度振り返って、わざわざ頭を下げていた。

 たまにしか乗らない自転車を裏の駐輪場から引っ張り出し、カゴに早瀬の荷物を詰め
「乗ったか?」
「乗った!」
「じゃあ出発」
 アパートの建物を回り込んで道に出る。カーブを終えて加速しようとしたところへ
「さーだー! ちょっとストップ!」
 頭上からそんな声が降ってきた。早瀬と二人見上げた先で、オレの部屋の窓から母さんが顔を出している。その手にはデジカメがあって
「撮るわよ。こっち向いて! そう、はい、ちーず!」
 一枚、たぶんポカンとした顔のツーショットが撮れた。母さんがそれを確かめ、ちょっと笑ってから言う。
「早瀬くん、誕生日おめでとうね!」
「ありがとうございまーす!」
 思いの外大きな、そして嬉しそうな声で早瀬が返す。そういえばオレ、おめでとうって言ってない。
 不覚を噛みしめながらペダルに足をかけ、
「ごめん、忘れてた。誕生日おめでと」
 荷台のパイプを握った早瀬は、
「ありがとう、定」
 と例の甘い声で言った。見なかったけど、どんな顔をしているかは大体想像がつく。オレは「落ちんなよ」と一言告げて、思い切りペダルを踏み込んだ。


2013/6/7

ちょっと早めに仕上げたアクア誕生日おめでとう短編
最初は思いっきりアクアがヒロインのルビアクにする予定だったけどネタが出なくて定くんとの話になった
なのに思い切りヒロインって部分だけ引きずってしまってこういうことに
幸せそうだからいいや