河音と定で擦れ違い 定くん視点三人称 高校
河音と定で擦れ違い 定くん視点三人称 高校
午後四時を過ぎた教室は、完全に夕暮れを迎えていた。数十分前にやってきた教師に暖房を切られ、授業中ほどの人いきれもない室内は冷え切っている。窓から差すオレンジ色の光と、一つの机に対面で座る二人だけが、この場に熱をもたらしていた。
「……さっむ」
はああ、と指先に息を吐きかけて定がぼやく。ノートの上に転がしたシャープペンは手を離したそばから冷えてしまい、もう持つ気になれない。解いた問題数は予定の半分。まあ、上出来だ。
ポケットに手を突っ込んで顔を上げると、河音の左手にカイロが握られているのが目に入った。
「早瀬ー」
「何ー?」
貸せよ、と言おうとして躊躇う。河音が、いかにも冷たそうな銀色のシャープペンを少し回した。止まっていた英訳が再開される。
「定?」
ピリオドを打ってから、河音がもう一度尋ねた。
「呼んでみただけ」
何それ、と笑ったくせに、その声はすぐ、定ってさ、と続ける。
「おれのこと、なんで早瀬って呼ぶの?」
問われるのは二回目、二年ぶりのことだった。あの時より、含みのある声音だった。
下までいきついてしまった問題集を捲って、定は紺色の、触れたくないシャープペンを取る。
「お前が誰でも下の名前で呼ぶ方が変わってんだよ」
「そう? でも、そっちのが嬉しくない?」
こうやって河音が女々しいことを言うのは、やたらと男前な誰かさんと、無意識にバランスを取っているのではないかと、最近思うようになった。
その人を筆頭として、早瀬河音に近しい人たちは、彼のことを早瀬とは呼ばない。他のクラスメイトや教師には、彼が名指しされる機会はあまりない。だから、早瀬という呼び名は、ほとんど定だけのものだ。
「呼んでほしいのかよ、河音って」
テキストに落ちていた視線が、それだけで定に集中した。思わず手が止まる。
あい、うぉんと、さむしんぐ。あい、うぉんと、とぅ、のう。解きかけの課題は、似たようなところで途切れていた。
「呼んでほしいよ。定に、せめて、河音って」
空にじわりと、紫色の闇が迫る。頬に落ちる、睫毛の影がにじむ。カイロがかさりと音をたてた。それを握る指の腹は、シャーペンに芯を足したせいで粉っぽく汚れている。
せめて、って、何を諦めてのせめてなんだ。どんな無理なことがあってのせめてなんだ。お前は一体、どこに、どんな線を引いてるんだ。
「――か」
一線。そこに触れるか触れないかの位置に立たされる。風はなくとも、吐いた息は線を越える。吸う息は、線の向こうから流れてくる。
「――カイロくれ」
がし、と、無遠慮に重ねた手は熱かった。その熱源を勝手に引っ張り出して、両の指に包んでしまう。冬の空気が河音の手に残った温度を攫っていくのが、目に見えるような気がした。
「いいよ」
ぴんと冷たく、ゆったりと甘く、僅かに笑みを混ぜて河音が言う。
あいうぉんとさむしんぐ、とぅ、りめんばー、ゆー、ばい。囁くように、歌うように、英作文を読み上げる。定も、カイロをポケットに押し込んで、自分の問題に目をやった。
あいうぉんとぅのう、わっちゅー、みーん。
並べ替えて和訳しなさい、という問いだった。訳は書かずに、ノートを捲った。
I want something to remember you by. 「あなたの思い出のよすがが欲しい」
I want to know what you mean. 「あなたが何を言いたいのか知りたい」
こういうことやるとBLっぽいでしょ!?という訳でお題は「すれちがいBL」でした
私にとっては恋愛感情が明記されてないから足し算なんですけど
分かりにくいけど、二学期の期末が明日からなので英語のテスト勉強してます