マーレ編 アクア視点3人称 だけどゴドグロ
マーレ編 アクア視点3人称 だけどゴドグロ
一番乗りのつもりのリビングには、すでに先客の姿があった。
「ゴッド」
「……アクアか。おはよう」
声をかけると、彼らしからぬ覇気のない声が返ってくる。ソファの正面を覗き込んだアクアは思わず
「大丈夫?」
とその前に駆け寄った。
「へーきへーき……ではないか。まあ大したことはねえよ」
そう言うゴッドは、めずらしく少し青い顔で洗面器を抱え、ソファの肘掛けにぐったりと身を寄せていた。見れば頬に二筋、3センチほどの切り傷も作っている。
「まさか、あのあと殴り合いのけんかになったとか……?」
心配そうに尋ねるアクアに、ゴッドは目をそらしながら答えた。
「あー。いや。殴り合いはしてない。腹に膝2回は入れられたけど」
それで気分が悪そうだったのか、と納得しかけたが、何がどうしてそんなことになったのかまでは分からない。しばらくグロウの部屋から双方の怒鳴り声がしていたことは記憶しているが、アクアもアクアで頭の芯まで疲れていて、昨夜は夢も見ずに眠っていた。
「なあ、グロウ起きてるか?」
「え? さあ、たぶんまだだと思うけど」
「そか。……どうしよ」
話し合いは決裂したのだろうかと、アクアが不安な顔になったのに気づいたらしく、ゴッドがちょっと笑って
「昨日の話はまとまったと思うんだけどな。それ以外でちょっと、顔合わしたら何言われるか――」
「何言うてほしい?」
そういえばドア開けっ放しだった。グロウの声を聞いてアクアが思ったのはそんなことだった。
対してゴッドは、露骨に気まずそうに口元を歪めて洗面器を隠すように起き上がる。
「おはよう」
「おはよ。どっかおらんなっちゅうろうかと思うたけんど、良かった、おって」
「どこも行けるわけないだろ……お前のせいで一晩中気分悪くて、ほとんど寝てないんだぞ」
恨めし気なゴッドの声を、グロウは「あっそ」と一蹴、ソファの背もたれ越しに何かを差し出す。
「?」
ゴッドがとめないので、アクアも一緒に覗き込む。B5サイズのクリアファイルが二枚。中身は顔写真に住所、職業、生年月日などなど、見知らぬ女性二人分の個人情報でいっぱいだ。
「行って、会うて、聞けるばあ聞いてきて」
「お前本気か?」
咎めるような口調でゴッドが言った。グロウはしれっと
「今まで冗談で頼んだことがあったかえ?」
「そういうことじゃなくて……ああもう」
ちっ、と小さく聞こえた舌打ちに、一触即発の空気を感じて、アクアは思わず後ずさる。ゴッドはそれにも気付かない様子で、落ち着かなさそうに首を振った後、グロウを見上げた。
「いつ決めた」
「あんたのせいやないで。最初から選択肢にあったことやき」
「じゃあなんでこんなことしたんだ」
「あー、見事に切ったねえ。ごめんごめん。顔は隠しようがないき、ヒュナさんとこでごまかしてもらい」
「日頃顔は怪我すんなって言ってるのはこういう時のためだろ? だったらあの時は決めてなかったんじゃねえのかよ」
「そうかもしれんね。でも今は決めちゅう。それでかまんろ?」
「それが気になるんだよ。自棄になったんじゃないかって」
「気にするやったら気になるようなことせんかったらえいに」
「、それは」
言い澱むゴッドに、グロウはきっぱり
「あんたが行きとうないがやったらそう言い」
と反論を封じた。
「……今まで通りのやり方でいいのか?」
「それが一番確実やん」
「だけどお前、昨日の今日でそれって、自棄になってないか?」
「昨日の今日やきこそ、よ」
アクアには分からない、何かを前提にした話。その真っ最中だというのに、グロウの目はいきなりアクアに向いた。
「アクア、うち、もうマーレに復讐しちゃろうらあて思わんことにしたき」
どう返すべきか、アクアには咄嗟に判断がつかなかった。迷って迷って、いいの? と聞こうとした時、グロウの方から
「えいがよ。うちが決めたことやし、それにうちが決めたことで後悔したら、ゴッドが全責任負うって言うてくれたし」
「だからってこれは!」
ゴッドがファイルを突き返そうとする。グロウはそれを手で払った。
「うちはアクアに、早う昨日からのこと吹っ切ってほしい。ずっと二人がぎすぎすしゆうがは見てられんがよ。そのためには、アクアは父親に会わん訳にはいかなあ。あいつの居場所特定して、思い通りの時間、場所に呼び出せるがはうちらあだけやお。それにはゴッドが、あいつと接触した女に会いに行くがが一番の近道や」
「グロウ……」
言っている内容は今までと変わらない。けれどその断言振りは、アクアに精霊狩りを探すのにこんなやり方しかできないのは嫌だと打ち明けた時とは、まったく違っていた。
「ありがとう。絶対、ルビィとちゃんと話する。昨日みたいなことにはしない。だから」
「分かったよ!」
渋々の体でゴッドが立ち上がった。
「行きゃあいいんだろ。分かったからアクアまで引っ張り込むな。アクア、グロウがそう決めたからってお前が乗っかってやる必要はないんだぞ。そっちまでは責任取ってやる余裕ねーかんな」
そんなこと言ったって、答えは分かり切っているだろうに。そう思ったけれど、ゴッドは答えを聞くまでは動く気はないようだ。本当に珍しい。
大丈夫、分かってる、とアクアが答え、ゴッドが納得“してやった”みたいな顔で玄関へ足を向ける。グロウはそれをおかしそうに見ていた。
「行ってきます!」
「頼んだでー、いってらっしゃーい」
「いってらっしゃい」
ひらひらと手を振ったグロウに、アクアが尋ねる。
「それで、昨日は結局どうなったの?」
「その話はまた今度」
グロウはそうごまかして、ゴッドが置いて行った洗面器を取り上げた。
説明不足で訳が分からなくてすみません。でもぼかす必要があるようなことって言えばすぐ分かる
ゴッドがグロウに気を遣いすぎてカッコ悪いので、本編でこのシーン書く時はもうちょい双方ぎゃんぎゃん言ってた方が良さそう