=風の精霊ウィンディ=

プロローグ

 その日、冥界の新聞はすべて同じ話題が一面を占めていた。この部屋に日々届く公共新聞も同様に、先般の天冥大戦における冥界代表の勝利と活躍を報じている。
 男はその顛末をよく知っていたが、記事を目にするのはその夜が初めてだった。
 古いアパートの一室は、本当は男の自宅ではない。それでも、彼には春の湿気に満ちたこの部屋以外に帰る場所はなかった。
 天井の照明陣は数日前から不調で、本来の三割ほどの光量しかない。家主はここへは来ない。修理を呼べるのは男だけだが、その手立ては打っていなかった。立て付けの悪い窓は閉まりきらず、煌々と明るくては虫を呼ぶためだ。薄暗いほうが都合が良い。どうせほとんど眠るだけの部屋なのだ。
 テーブルの上に広がる新聞の、調子の良い論評に、いい気なものだ、とため息をつく。今回は人死にがない分、その論調は軽快で、そのくせ内容はわざとらしく過激だ。
 天冥大戦は、戦と呼び習わしてはいるが、その実すべてが戦闘行為とは限らない。今度の大戦はほとんど学力を競う試験に近いもので、この分野では近年冥界の勝ちばかり続いている。一方で、物足りない大戦に飽いた人々の間では、その傾向を軟弱と批判する動きも強まっていた。
 だが、これで五連勝だ。
 男は見出しを飾る太い字を見つめた。この日が来ることはずいぶん前から分かっていた。だから備えてきた。それがついに必要な時を迎える。
 ふっ、と、通信鏡に光が灯り、テーブルの上が明るくなった。男は疲れた手を伸ばし、鏡の縁から魔力を与える。そして相手の顔を確かめるより早く、開口一番に言うのだ。
「時が来た」

2019/7/24