性転換ネタ 河苑、もとい苑河のラッキースケベ 視点は適当に
性転換ネタ 河苑、もとい苑河のラッキースケベ 視点は適当に
「あっ、あっ、あーっ!」
新学期が始まってすぐ、各授業ともノートが一ページずつ埋まったこの時期に、うちの学校では身体測定をやる。学年ごとに日を変え、運が悪くなければ四時間目。身長体重座高に視力、聴力血圧あと背骨のなんたらまで、女子から順に一気にやってしまうのが伝統だ。
済んだ人から昼休みなので、女子が喜び男子が不平を言うのが常のことだった。今日も出席番号万年ビリケツのあたしを最後に、女子は全員昼休みに突入して、教室に男子がいないのを良いことに、彼氏とのメールを見せびらかしたり、教室のコンセントでヘアアイロンをかけたり、流行りの漫画を回したり。いちおう空き時間課題は出ているのだが、提出自由と言われたためやっている人は誰もいない。
誰も、ではないか。目の前の席に座るあたしの親友だけは、あたしが戻ってきて声をかけるまで、うつむいてプリントの空欄を埋めていた。真面目だから、って訳じゃない。この子にはあたししか友達がいないのだ。
そこそこ程度に可愛く、非力でビビリで悪ノリができなくて、グループに属さずそのくせ男友達が複数いて、おまけにすぐ泣く女子――つまり早瀬は、まあ呆れるほどに男子に好かれやすく、女子に嫌われやすい。そこで男子に取り入って一定の地盤を得てしまう処世術があれば一人でもやっていけるのだが、早瀬が仲良くしているのはごく限られた、なんだかあたしも割り込めないほど親しい男子のみで、他の男子は早瀬を好いていると言っても良からぬ想像の主演としてぐらいの好きでしかないため、救いの手を差し伸べられるのはあたしだけなのだ。
嗚呼、あたしってお人好し。と、思いながら早瀬に声をかけたら、これだ。
いきなり顔を真っ赤にして、あられもない悲鳴を上げられた。そのまま「この人痴漢ですっ!」と手を掴まれそうな勢いだったが、早瀬の手は慌てた様子で、自分のお腹の当たりをさっさっさーっと往復している。
「ど、どうしたの?」
「ないっ! ないの!」
耳まで赤くして涙目になる早瀬は、声だけならもう泣いている。本当に泣かれると話にならなくなるので、あたしはなるべく優しく聞いた。
「落ち着いて。ないって、何が?」
「キャミ……」
それは落ち着いてられないわ。そう思ったけど言わなかった。しかし早瀬はあたしの「落ち着いて」を真に受けて
「取り乱してごめん……」
とか謝っちゃっている。
「そうじゃないでしょ。ていうかブラ透けたりとかない? 大丈夫?」
「白だから平気……」
「あーそう。ほんと、なんでそんなもの忘れるのよ」
「そんなこと言ったって、忘れちゃったものは忘れちゃったんだし」
「はいはい、理由とかはもういいわ。で、忘れてきたのって会議室? だったらまずくない?」
今日の検査でキャミを脱いだのは、最後に背骨かなんかを診た会議室のみだ。そして男子の第一弾がそろそろその検査に行っていてもおかしくない時間。
真っ赤だった早瀬の顔は真っ青になった。そしてまたすぐ真っ赤になった。
「どっ、どうしよう! どうしよう!?」
「取って来ようか?」
「それは悪いよ! わたし、行ってくる!」
「え? ちょっと、待っ」
早瀬は日ごろ使わないせいで貯金されてるのか、無駄な行動力を発揮して教室を飛び出して行った。性格のせいでトロトロしてると思われがちだが、あれで結構身軽な早瀬は、廊下を突っ走ってすぐ見えなくなる。
これ、追いつけないかも。そう思って追いかけることを諦めようとしたけれど、あることを思い出して気が変わった。
あたしの後ろで男子の最前列だったのは天花たちだった。
体育館でやる分の測定が終わって、苑美と椎矢と楓生は、椎羅が出てくるのを女子みたいに待っていた。事情があって男子グループのわりに結束の固い彼らだが、いつもこんな女々しい気遣いをしているのではない。今日は身体測定、男子にとっては一種戦いの日だ。身長とか体重とか座高とか、主に身長について。
けれど彼らの目的は戦いそのものではなくて、そのおまけにあった。椎羅と椎矢、双子対決の勝者はどちらか!? というテーマで、苑美が椎矢に、楓生が椎羅に、それぞれ学食のフルーツゼリーを賭けているのだ。弁当組の彼らにとって学食のゼリーを買う機会はあまりなく、これは昼休みが早く始まる今日ならではの遊びである。
「まだかなー、椎羅。絶対椎矢の方が高いと思うんだよなー」
「そんな下から見上げて分かるが?」
「それ言ったら楓生だって僕より低いだろ」
そんなことを言っている内に、慌ただしい足音を連れて椎羅がやって来た。
「うわ、みんな待ってたんだ」
「遅かったな。なんかあった?」
驚く椎羅に、弟が聞く。「それが……」で始まった話は余計な「もう」とか「すっげえ」とかを省くとだいたいこうだった。椎羅の番になった辺りで血圧計の調子が悪くなった。五回計りなおしてどうにか椎羅の分は数値を出したが、その後ぴくりとも動かなくなり、以降の生徒は血圧計の復活を待たされている。
「まあ吉沢先生いるから直して使うって。僕らは先に会議室行ってていいってさ」
「ふーん。で、どうだったんだよ? 背は?」
「椎矢は172.4で。あんたは?」
詰め寄る苑美、楓生と、気にしているくせに何でもないような顔をしている椎矢を交互に見て、椎羅は、ふっ、とかっこつけて笑ってから
「173、ジャスト……!」
「っしゃ勝った! ゼリーもらいで、椎羅ようやった!」
「えーっ! うっそだー、絶対椎矢の方が高いってばー!」
「仕方ないだろ、測ったんだから。会議室行くぞ」
「そうやな。今行ったらすいちょりそう」
「あーあ、ゼリー食べてみたかったー!」
「自分の分も買えばいいだろ?」
ぐだぐだとどうでもいい会話を連ねながら、四人は会議室へと移動した。背中をとんとんやる検査、とは聞いているが、女子が「ブラ以外は全部脱ぐようにー」と説明されて微妙な顔をしていたのもくっきり覚えているが、それで何を調べているのだかは知らない。ドアを見たら張り紙がしてあって、検査名が分かるかと思ったら「身体測定⑦」と書いてあるだけだった。
入ってみると、中は壁際に机がどけられて椅子が四列に並び、普通より広めの教室は衝立で二対一くらいに区切られている。人はいない。気配もない。どうやら検査担当の医者は出ているようだ。
「誰もおらんが? せっかく早う済むと思うたに」
「てことはオレら一番乗り?」
「バカ、女子が先来てるだろ」
「……なあ、おい。ちょっとこれ見ろ」
椎矢がアホ話を断ち切るような真面目な声を出した。
三人が揃ってそちらを見る。
ドアを入ってすぐの場所、壁に引っ付いた机の上に、白い布が一枚。ちょっとくしゃっと、まるで脱いですぐ丸めて放置したみたいに潰れているそれは、レースっぽいパーツからして女子のものだ。それも制服とかTシャツとかそういうんじゃない。薄くて柔くて軽そうな、なんやらカタカナの名前が付いた、肌着とか下着とかそういう衣類。
「忘れ物、だろうな」
言いながらその肩紐を摘み上げる椎矢には、妹がいるからかやましさもなければ遠慮もない。椎羅も
「誰のだろう。って僕らが報告したらまずいかな?」
と言いつつ平然と近寄ってその肌着を見回している。苑美と楓生も寄って行ってみて
「名前とか書いてないのか? ……ないなあ。さすがに高校生だもんな」
苑美など裾をめくってタグを確認する。この二人の家にも女子の下着は当然に存在しているのだった。だが、楓生だけなぜか、神妙な顔で黙っている。
「楓生、どうかしたのか?」
「いや、うん。それ……」
「これ?」
椎矢の手から肌着を取って、苑美が差し出して見せた、その時だった。
ばたばたばた! と聞くだけで慌てぶりの分かる足音が走って来て、ドアの前で止まった。
「その」
み、と楓生は言おうとしたのだろう。けれどそれは間に合わず、苑美は肌着を提げたままドアを引き開けた。
「あ、河音?」
「苑美!? そっ、それ……いやああああああーっ!」
ばったーん、とそのまま倒れるかと思った。そんな気迫で河音はふら、と一歩後ずさり、あっちへこっちへ目線をぐるぐるやりながらあうあうと口を開いては閉じ開いては閉じ、その合間に声にならない声を漏らす。
苑美はあまりの動転ぶりに釣られて焦り、河音のおぼつかない足元が不安でその手を掴んだ。
その細い手首が
「ひゃっ!」
という短い悲鳴と一緒にぐわっと逃げていき、逃げられても放さなかった苑美も同じ方向に引っ張られる。
そこからはもう、ゆっくり数えて二つか三つぐらいの出来事だった。
「わっ!」
バランスを崩した苑美は、前に倒れながら体を支えようとキャミソールを握った手を伸ばす。河音の手首を捕らえた右手は、なんとか河音を転ばせるまいと引き寄せるが、それにはほとんど意味がなかった。河音は背中から倒れ、苑美はその上に覆いかぶさるように、それでもどうにか左手は床につき――
「あ」
その手が滑った。正確には、キャミソールが滑った。
そして苑美は、首だけ持ち上げた河音が見ている前で、その胸に顔からつっこむ。
「ひいいいいやあああああ……」
ショックすぎて後半は擦り切れてしまった悲鳴を耳にして楓生、椎羅、椎矢が会議室を出てきた時にはもうすべてが起きた後で、三人が目にしたのは女子の下着を手に女子の胸にダイブを決行した苑美と、その下で目に涙をためている河音の姿だった。
しかも楓生が白状したことには
「……あのキャミソール、河音のながって」
「まじで? そっか、だから微妙な顔してたんだ」
「それって、苑美もうどーしようもなく最低じゃね」
友人三名の冷たい視線を浴びながら、苑美はいくつかの要因で顔を上げるタイミングを迷っていた。一つは純粋に、いや不純に現状をもう少し楽しんでおこうかという気持ち、もう一つは友人の白い目を直接に感じたくない気持ち、それから――
「あ、あの、その、苑美、どいて……」
そのまま気絶でもしそうな震え声で河音が言う。もう粘ってはいられない、と苑美は顔を上げた。起き上がって、体温が遠くなって腹の当たりが涼しく思えて、河音と気まずく目を合わせたところで手を押さえっぱなしだったことに気付いた。頭の横で意図せず拘束していた手首をできるだけさりげなく解放する。
そしてああ、やっぱり。
それがきっかけになったみたいに、河音の目を覆っていた水の膜が破れた。たーっと涙のしずくが耳まで垂れて、その跡を次の一滴が追う。
「うっ、うう、ひうっく、っふ、ううううっ」
自由になった手はがばっと顔を塞いで、その下から堪え切れない、というよりあまり抑えようという意欲を感じられない泣き声が聞こえてくる。ものすごーく、悪いことをしたみたいな気分になってくる。
ここで苑美の良心に追い討ちを加えれば河音の羞恥にも追い討ちがかかるため、友人たちはとりあえず黙っているが、おかげで居たたまれなさはマックスだ。とりあえず視線で「どうしよう!」と訴えかけながら河音の上を退き、肩を支えて体を起こしてやる。
キャミソールはいつの間にか楓生が拾って、器用にも正体が分からないようぴっちりと畳んであった。目は、合わせてくれない。
椎羅を見やると「フォローはお前の仕事!」と言わんばかりに睨まれ、椎矢にはもっと露骨に「サイテーだな」と口パクで言われた。
これはもう平身低頭謝るしかない、と最初からそれしかなかった選択肢にようやっとカーソルを合わせて決定、苑美が
「ごめん! 大丈夫か? 頭打った? 立てる?」
と河音の前で手を合わせた時だった。
「あーっ! 天花、あんたまた早瀬泣かせたんでしょ!?」
「よっ、依川!」
男たちの視線よりもっと鋭くて攻撃力たっぷりの声が、苑美の背中に突き刺さった。
「さだ……」
「早瀬! 大丈夫!? 今度は何されたの!?」
悔しいことに、河音はそんな超アタック型女子に駆け寄られてやっと泣き止み、縋るように名前を呼んでみせるのだ。おかしいだろ? オレの方が優しい言い方したろ? なんでそんな問い詰めるような聞き方されてほっとすんだよ!
だって女子同士だもの、という簡単な答えが苑美には思いつかない。あと楓生が畳んだキャミソールを渡して「ありがとう」なんて言われてるのも納得いかない。だって楓生は河音を泣かさないから、という答えも苑美の辿り着けるところにはない。
ナイト様に助け起こされた河音は、ごめんねごめんねと楓生や椎羅や椎矢に赤い目元で謝って、
「あ、苑美……」
「そんなやつほっときゃいーの。行くよ、早瀬」
「だめだよっ。あの、ごめんね! わたしが悪いの! 苑美のせいじゃないからね!」
そんな殊勝なことを言われてしまったら「そうに決まってんだろ、オレなんもしてないし」とみっともなく拗ねる訳にもいかず、
「こっちこそ、ごめん」
半分は本心、半分は渋々、謝罪で返した。楓生は何事もないように、椎羅は心配そうに、河音と定を見送る。椎矢は二人の方を見ず、苑美をじとっと睨みつけていた。
「おっと君たち、待ってたの? ごめんねー」
白衣で手を拭き拭き戻ってきた医師がそう言って会議室に入っていく。苑美は、なんでこんな奴の前では制服を脱げるのに、オレがなんかするとすぐ泣くんだよ、と思ったが、その理屈が全く逆であることには、まだしばらく気付かない。
デジタルで書き始め、その日の内にデジタルで完成させた
性別逆転させたらみんなの立場が結構違う
定河は女子同士だったらもっと過剰に仲良い方が自然だなと思ったら定ちゃんが河音に過保護になった
河音に片思い中の椎矢が苑美の肩を持ってくれそうにない
女子四人でべったりならいいけど男子四人であのべったりぶりは変だからもっとズバズバ言いたいこと言われる
あと苑美の河音に対する立場が格段に弱くなる
女子の特権って思った以上にすごかった