この街は基本的に柄が悪い。私たちの女学校以外は、どこも授業が出来ているのが信じられないくらい荒れている。どうしてそんなところに女子校とその寮があるのかというと、その理由もみじめなものだ。この街唯一の女学校は、昔々、貧乏な家の娘が集まって勉強して、必死で金持ちに追いつくために作られた。今では一応名門の部類に入っているが、昔の名残もちゃんとある。
街の目は私たちに厳しい。他校の人間は男女問わず私たちに絡む。ナンパなんて可愛いもんだ。一番多いのはカツアゲ、最悪の場合は殴り殺される。助けてくれる市民はいない。だからみんな、学舎と寮と、すぐ近くの数件の店以外には出かけない。
だけど、私が歩いているのはその範囲を大きく外れた、薄暗い神社の裏道だった。先週起きた通り魔事件の目撃情報を求める看板が、でかでかと三つも並んでいる。その後ろに半分隠れている壊れた門を抜けると、参道を通るよりすぐに境内へたどり着く。
そこには四人の少年と、一人の女の子がいた。
少年たちはみんな近くの男子校の制服を着崩している。ネクタイが緑だから、高一で年下だ。四人に囲まれた少女は、一見ミニスカートに見えるズボンと体に貼りつくようなタンクトップを着ていた。髪はギリギリ茶色というくらい明るく、顔一面に丁寧な化粧が施されている。グレーの膝下スカートにカッターシャツという私の制服や、うちの学校の校則とは天と地ほどかけ離れている。
だけど彼女は私と同じ高校の二年生で、もっと言うと寮の同室だった。
「さっちゃん!」
できるだけ厳しい声を出す。男たちが嫌そうに振り返り、さっちゃんことサクラが顔を上げて手を振った。
「ショウちゃん! どうしたの? こんなとこで」
「それはこっちの台詞よ。何してたの、危ないじゃない」
「ナンパされてたの」
まったく危機感のない笑顔でサクラが笑う。それどころか楽しそうだ。
「だめよ。帰りましょう」
「えーっ! せっかくパフェおごってくれることになったのに。そうだ、ショウちゃんも一緒にどう?」
「死んでも嫌」
私の吐き捨てた言葉に、男子生徒が反応する。いきなり肩を掴まれ、力尽くで振り向かされた。
「何、お前。俺らの邪魔する気?」
みっともなく襟足を伸ばした男が、170cmの高みから見下ろしてくる。怖い。だけどそれより、むかつく。
「てか死んでもヤだって? 聞いた? 聞きました?」
「失礼だよな。お嬢学校で礼儀やり直して来いよ。それとも俺らで教えてやろうか?」
「ちょ、ちょっと! くっしーもみっくんもやめてよ!」
サクラが、私に近寄ってくるタバコ臭い制服を押し返そうとする。私はその手を掴んで、くるりと踵を返した。
「逃げるよ、さっちゃん!」
「えっ、ショウちゃん!?」
サクラたちが通ったであろう参道ではなく、私の来た裏道へと向かう。社の角を曲がる時にちらりと後ろをうかがうと、男たちはすでに撤退を始めていて、サクラがそれを名残惜しそうに見ていた。
ぼろぼろの門をくぐってしばらく走ったところで、サクラが急に足を止めた。私も立ち止まり、振り返る。
「さっちゃん?」
「痛いよ、ショウちゃん。手、放して」
私は少し手の力を緩めた。確かに強く握りすぎたかもしれない。
「ごめん、さっちゃん」
「……放してくれないの?」
「放したら、またどこか行っちゃうでしょう」
サクラはそういう子だ。もう五年の付き合いになるからよく分かっている。可愛いって言われたり、ちやほやされたりするのが、たまらなく好きな子なのだ。
「さっちゃん、その私服で街を歩くの、よくないと思う」
「そう? でも、可愛いでしょ」
「可愛いよ。でも、可愛い子は何されるか分からないわ」
そう言うと、サクラは私の腕に抱きついて
「じゃ、ショウちゃんに聞いちゃえ。ショウちゃん、私に何する気?」
水っぽい茶色の目が、こちらを見上げる。今日はカラーコンタクトじゃない。
「なにって」
閉じ込めて、抱きしめて、私から見えないところには行かせない。他の誰にも、男なんかに触らせない。なんて、言えない。
「……とりあえず、明日提出の課題をやらせるわ」
「いやーっ、ショウちゃんひどいー!」
きゃあっと悲鳴を上げるサクラは、言葉のわりににこにこと笑って、私に体重を預けてくる。私はその体温とくすぶるやるせなさを、ため息にして吐き出すのだった。
夕暮れに、帰寮時間の鐘が響いた。