目を覚ます。
(「おはよう」) 「おはようございます」
今日も、声は聞こえない。 今日も、彼女の幻を聴く。
昨日より、胸が痛い。 昨日より、声は遠い。
ぼさぼさの髪、 長い髪、
確かな笑顔、 柔らかな笑顔、
赤い瞳、 透き通る目、
この手に残る、約束。 受け取れなかった、遺作。
そういうものは全部、忘れようもなく覚えているのに。 そういうものも全部、同じように忘れていくのか、
(「ありがと」) 「ありがとうございます」
覚えている。
(「泣かないから」) 「誰が望みましたか」
覚えている。
(「当たり前。好きだよ」) 「世界より、一番」
言われた言葉は覚えているのに。 言われた声も覚えているのに。
「……きついな」 (苦しい)
声が、思い出せない。 いつか、忘れそうで。
出会ってから、毎日のように聞いた。 生まれて初めて出会った他人。
泣き声以外は何もかも聞いた。 全てを投げ打って恋い焦がれた。
ちっぽけで些細で平和で幸せな、あの頃の声。 何もいらない。彼女だけがいればそれでよかった。
なのに
(「アクア」) 「ウィン」
彼女はどんな声で、名前を呼んでくれただろう。 彼女はどんなふうに、そばで笑ってくれただろう。
何も。
彼女のことは何一つ、忘れまいと思ったのに。
忘却が迫る。
生きることが怖い。
けれど
(「あたしが守る」) 「あなたは生きて」
記憶の中、彼女に背を押され、彼らは今日も、朝日を見る。