冷たく乾いた冬の陽が、小さな窓を息苦しそうに過ぎて行く、夕方。
ルサ・イルの作業部屋は一条の光が差すドアの足元を除き、灰色に薄暗い。その囲われた薄闇の中に、レンスは立っていた。
タートルネックのセーターに厚手のジャンバースカートを着て、足はひざ下までのブーツに包んでいる。外に跳ねやすい茶髪は光の少なさからモノクロにかげり、赤みの強い茶色の瞳も輝きを弱めていた。
それらを見上げる水色の輝きが一対ある。
レンスから少し離れた作業机の前に、ルサ・イルが転がっていた。倒れていた、と言うべきかもしれない。服装はぼろくて薄い作業用のもので、裸足。体の下にはぐしゃぐしゃになったシーツが敷かれていて、上から重そうな毛布が三枚もかけられている。
「行っちゃったね」
先ほどバタバタと部屋を出て行った同居人を差して、ルサ・イルが言う。彼と呼ぶべきか彼女と呼ぶべきか、その人物のおかげで部屋は大きく一息外気を吸い込み、しんと冷えている。
「ほっとけばいいのに。薬、切らしてたから、買いに行ったんだろうな」
「ルサ・イルさんが心配なんですよ」
微笑むレンスに、ルサ・イルはそれ以上に穏やかな笑みで応える。
「この程度じゃ何も起きないって、ウィンは知ってる」
「でも、倒れたんですよ。熱もすごいですし……」
「そうだね」
力のない病人のものとは思えない口ぶりに、レンスは怯んだ。呼吸は苦しげで頬も赤いが、ルサ・イルの水色の瞳は、眩いまでの魔力を精霊として力強くたたえている。声は熱に浮かされてか常よりも甘ったるく、しかし、冬の吐息に溶け込んで冷たい。
「レンス、」
その声がレンスを呼んだ。
はっと落としていた視線を戻すと、毛布の塊がもぞもぞと動いている。
「これ、どかしてくれる?」
「は、はいっ」
言われるがままに二枚の毛布を剥ぐと、こもっていた熱が高い天井へと逃げた。
「大丈夫ですか? 寒くないですか?」
「大丈夫だよ、死なない」
露骨に意地の悪い物言いに、レンスは何よりまず呆れる。そうして深く傷付いた。
意地悪をすることにでも、ルサ・イルが死を意識することにでもなく、自分に何も言ってくれないことにでもなく、ただ彼のやることなすことに切り付けられ、時にこうして胸を貫かれる、それだけの傷。
ぐっと胸を押さえて、レンスは彼の傍らに膝をついた。
「そういう、結果だけ見ててもダメですよ。今苦しいんなら、それをどうにかしてあげるのが優しさです」
ルサ・イルは、レンスの言葉からふいと目をそらす。それを追うように、レンスは三日前の言葉を繰り返した。
「好きです」
「……19回目」
「二回目です」
告白の返事としてはあまりに不可解・不適切な言い方に、レンスはむっとする。
だがルサ・イルは悪びれず、
「違うよ。今まで僕が知り合いとして仲良くなった人に、そういうことを言われたのが、19回目」
全身が冷えた。彼の言わんとするところはすぐに分かった。
「そのいろんな人の中の、わたしもその中の一人だから、どうでもいいってことですか」
「どうでもいい人を仲が良いとは言わないよ」
「でもその言い方じゃ――」
「レンス」
ぴん、と音が張りつめる。ゆっくりと、ふらつきながらルサ・イルが身を起こす。
そして彼は、何より残酷な本当のことを語った。
「ごめんなさい。君の気持ちはありがたいし、尊いものだと分かってる。だけど僕には好きな人がいる」
「……でもその人って」
「ああ、僕の好きな人はもういない。だけど僕には好きな人がいるんだ。だから僕が他の誰かを好きになったら、そんなのただの浮気だ。奥さんにはもちろん、子供たちにも顔向けできない」
ごめんね、と彼はもう一度言った。その一言に込めた本当の意味は分からなくとも、レンスはそれが「振ってごめんね」ではないことだけはちゃんと分かった。