森を歩くと季節を感じる。木の葉の色合い、量、木漏れ日の強さ、風の湿度、それらは日ごとに移り変わり、世界は刻々と姿を変えていく。それが、MADO研究所に通い始めてレンスが気付いたことの一つだった。
ディオと並んで森の小道を行きながら、レンスは湿った空気を吸い込む。
夏は終わった。木々は急速に色を失い、苔むしていた足元は落ち葉に覆われている。空は曇天だが、これをやり過ごせば秋晴れが待っているだろう。
今日は庭の植物を植えかえる準備をすると言っていた。夏の花の球根を掘り出すらしい。ガーデニングなどしたことのないレンスは、初めての体験を前に胸を躍らせていた。
小道が途切れ、森が開ける。そして、同時にレンスの期待がぱちんと弾けた。
「なに、あれ」
レンスたちの行く手に、大きな黒い塊が落ちていた。
「ディオ、ディオ」
「どうした?」
遅れて出てきたディオを呼び、それを指差す。
「あれ、何だろう」
それは黒い布に見えた。端の方は擦り切れてぼろぼろ、昨夜の雨のせいか、結構な量の落ち葉をかぶっている。一体いつからここにあったのだろう。レンスたちも、昨日は研究所を訪れていない。
「布か?」
「中身ありそうじゃない? 荷物かな」
真っ黒なせいで分かりにくいが、布には膨らみがあった。それはちょうど――
(人間くらいの大きさ……なんてね! そんな訳ないわよね)
ふと浮かんだ想像を否定する。想像のはずなのに、背中を冷たい汗が伝った。
そんなレンスの様子には気付いていないのか、ディオはじっと黒い布を見つめて言う。
「荷物なら中に入れるだろう。昨夜は風もあったが、飛んできたにしては大きすぎる」
「今日は球根掘るって言ってたから、その道具かもよ!」
嫌な予感を打ち消そうとするレンスの意に反して、一陣の風が地面の枯れ葉を舞い上がらせ、黒い布をめくり上げた。
「レンス」
ディオが一歩、レンスの前に出る。自ら盾になるかのような姿勢。しかしレンスには見えていた。
(あれ、腕と脚……よね)
思わず顔を背けたものの、目の奥に焼き付いた棒切れのような手足は消えない。
「レンスは待っていろ」
ディオが生きているのか死んでいるのか分からない体に近づく。取り残されるのが怖くて、レンスもそのあとに続こうとした。しかし、その足はすぐに止まる。
「レンス、ルサ・イルとウィンを呼べ!」
その言葉を聞くなり、レンスは扉に飛びついた。ディオが中を覗いたであろう布の方は、見る勇気がなかった。
「ルサ・イルさん! ウィンさん! 外に人が倒れてます!」
レンスの呼びかけを聞いて、ウィンがいつもより慌ただしく玄関を出てきた。ディオが倒れている人物が見えるよう、場所を空ける。
レンスは反射的に玄関へと目をそらす。遅れてきたルサ・イルが、そこに立っていた。
彼は、レンスが見たことのない顔をしていた。
驚いたような、悲しんでいるような、安堵したような、傷ついたような、懐かしむような、喜んでいるような、泣き出しそうな、強烈な感情の、揺れ。
そんなものを浮かべてなお、ルサ・イルは立ち尽くすことなくウィンが抱き起こした人影に駆け寄る。
レンスはそっと、ざわつく胸を押さえる。
「ユールっ!」
彼は何度も、その名前ばかり繰り返していた。空が一粒、涙をこぼした。
「ディオ」
「なんだ」
「あの人、誰なの」
「分からない」
「助かるの?」
「……分からない」
「球根、腐っちゃわないかなあ」
「こちらには、分からない」
ディオが窓の外を見やる。秋の雨が、無言で空を塞いでいる。